「沙織さんは いったい何を考えているんだ。アテナの聖闘士限定の結婚相手紹介サービスなんて。職業や収入を限定した結婚相手紹介サービスがあるという話は聞いたことがあるが……」
「結婚相手紹介サービスじゃなくて、パートナー紹介サービスなんだって」
「どう違うんだ、その二つ」
「よくわからないけど……ゴール地点が微妙に違うんじゃない?」
瞬は、氷河に 僅かに首をかしげてみせた。
合点がいかないらしい氷河が、逆の方向に首をかしげる。

もちろん、沙織は会社を立ち上げたわけではない。
しいて言うなら、『月下氷人が趣味になった』と公言した――というところだろうか。
その趣味のターゲットは、彼女の周囲に ごろごろ転がっている独身男(アテナの聖闘士)たち。
沙織は、突然、彼女の聖闘士たちと一般女性のペアリングを試み始めたのだ。

沙織が始めた、極めて限定的なパートナー紹介サービス業(趣味)。
(彼女の趣味が)一般の結婚相手紹介サービス業と違う点は、何といっても、彼女の手駒がアテナの聖闘士であるということ。
先方には、特殊訓練を受けた城戸家子飼いの戦闘員と言ってあるらしい。
グラード財団は世界各地で様々な事業を展開しており、沙織は 時には危険地域に渡航することもある。
そんな時に、沙織と その同行者を守ることを務めとしている一種の私兵である――と。

彼等は、城戸家に一方ならぬ忠誠を誓ってくれている城戸の一族のような者たちなのだが、忠義と任務を重視するあまり、プライベートが疎かになってしまっている。
家族も同然の者たちだからこそ、一人の人間としての幸福も掴んでほしい。
そこで、グラード財団総帥がじきじきに仲人業に乗り出してきたのだと、先方には説明してあるらしい。
沙織が 彼女の聖闘士たちのパートナー候補としているのは、彼女が 彼女の人脈をフル活用して選び抜いた良家の令嬢ばかりだった。

なにしろ 紛争地帯に赴くこともあるので、いつ死ぬか わからない。
だが、身体は極めて頑健。運動能力も抜群。
先方には、国籍、人種、身長、体重、目の色、髪の色、知能指数(IQ)、心の知能指数(EQ)等のデータを掲載した候補者リストを渡してあるが、基本的には、沙織が適切と思われる相手を選んで、お相手の女性に推薦。
もちろん、問題があるようだったら断ってくれて構わない。
収入は、城戸家が、東証一部上場の大企業の部長クラスの額を、生涯に渡って保証。
ただし、仕事柄、カップル成立後の定住、同居、家事の協力は約束できないので、求めないでもらいたい。
法的に婚姻するか事実婚とするかについては、当事者同士の話し合いで決めてほしい。
――と、最初から先方には言ってあるらしい。

結婚相手ではなく、パートナー。
沙織の事業(趣味)の目的は、当事者二人の結婚ではないのだそうだった。
世の中には、高学歴高収入で子供だけが欲しい独身女性や、どうしても跡取りが必要な名家の女性がいる。
優秀な子供を得たいと思っている心身健康な女性にパートナーを提供。
結婚するかしないのかは、個々人の自由。
沙織が構築しようとしているのは、そういうシステムなのだそうだった。

今のところ、候補者リストに掲載されているのは、一輝、貴鬼、邪武、市、檄、蛮、翔龍、アイオリア、デスマスク、ミロ、カミュ、アフロディーテ、そして、シュラとなっているらしい。
特定のパートナーがおらず、正真正銘独身男の星矢が候補者リストに掲載されていない理由は不明。
瞬も氷河も、あえて沙織に その点を確かめようとは思わなかった。

ともかく、沙織は そういうシステムを稼働させ、記念すべき第一回ペアリングの片割れに選ばれたのがシュラだったのだ。
見合いのあとで、見合いというイベントが どういう目的で行われるものなのかの説明を受けたシュラは、すぐさま 瞬の許に駆け込んできた。

たとえアテナの機嫌を損ねることになっても、あの女性と親しくなることはできない。
事を荒立てずに、この話をなかったことにしてほしい。
それが、シュラの頼み。
沙織に『この話、お断りさせてください』と言えばいいだけのことなのに、言う相手がアテナとなると、さすがのシュラも怖気づくらしい。

「直属の上司である俺を無視して、おまえに泣きつくなんて、そんな失礼を平気でできるくせに、アテナに『断る』の一言が言えないとは」
シュラが彼の直属の上司を無視せずに頼ってきたら、それはそれで腹を立てるくせに、氷河は、直属の上司を飛び越えたシュラの越権行為に 大いに機嫌を損ねていた。

「氷河の手を煩わせるのは避けたかったんでしょう。それで バイトをクビにされたら大変だし、ナターシャちゃんから パパと一緒にいられる時間を奪うことになったら、もっと大変だもの」
「シュラが そこまで考えているものか。奴は、奴が怖くない相手を選んで頼んでいっただけだ」
おそらく、氷河の言う通りなのだろう。
瞬は苦笑を禁じえなかった(瞬は、自分より氷河の方が怖くないと思っていたので)。

いずれにしても、自分では断れないと シュラが言うのなら、彼の意を 誰かが沙織に伝えなければならないだろう。
沙織との面会のアポイントメントを取るために 瞬が連絡を入れたのは、(瞬にとっては)辰巳より怖くない魔鈴の方だった。






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