黒マントは、清らかな心を持つ可憐な美女ではない氷河を、なぜか ひどく気に入ったようだった。
彼は 別に 自分の呪いを解いてくれる美人の花嫁募集中というわけではなかったらしい。
黒マントの大きな館には 召使いがいるわけではなく、美しい薔薇園の世話、食事の準備、館の掃除等、すべては黒マントが魔法で行なっているようだった。
氷河が『分厚いヒレステーキが食いたい』と言えば、それはすぐに用意され、『美味い酒が飲みたい』と言えば、最近フランスのアルマニャック地方で作られるようになった蒸留酒が出てくる。
清らかな心を持つ可憐な美女ではない氷河のために、まさに至れり尽くせり。
これならバカンスシーズンずっとここにいるのも悪くないと、氷河は思うようになっていたのである。
全身を黒いマントを覆い隠している野獣黒マントの見た目の不気味さは、いかんともし難かったが。

「おい、黒マント。そのマント、暑くないのか? たまには 外したらどうなんだ」
時々 マントの裾を踏んで転びそうになっている黒マントに、氷河は一度ならず マントを外すことを勧めてみたのだが、氷河の厚意からの発言を、黒マントは断固拒否した。
それも、
「私は、とても醜く恐ろしい姿をしている。私の姿を見ると、皆が怖がる。私の真実の姿を知れば、きっと氷河も、この館にいることに耐えられなくなる。そうなるくらいなら、私の本当の姿など知らずにいた方が、氷河も私も幸せでいられる」
などという、悲しい言葉で。

氷河は、瞬や亡き母のように綺麗な人間が大好きだったが、だからといって、『綺麗でないから』という理由で人を嫌ったことはなく――つまり、自分を面食いだとは思っていなかった。
だから、
「人の見た目など、俺は気にしないぞ」
と黒マントに言ったのだが、黒マントは決して その長く広く大きなマントを外そうとはしなかった。

誰よりも外見を気にし。面食いでさえあるのは、氷河より黒マントの方らしい。
黒マントの薔薇屋敷での快適なバカンス3日目。
氷河が、
「瞬を ここに連れてきたい」
と黒マントに提案(?)すると、彼は いの一番に、
「その人は綺麗な人?」
と、その点を氷河に問うてきたのだ。

「もちろんだ。誰よりも綺麗で優しくて、この世界で最上等最上質の人間の一人だろうな」
氷河が即答すると、黒マントも 即座に『連れてきていい』と言ってくれた。
氷河が迎えに行くと、黒マントの館に行った氷河を心配していた瞬は、ためらうどころか進んで、黒マントの館に同行。
氷河が瞬を館に連れ帰ると、黒マントは、
「綺麗な人が二人も!」
と、それこそ長い黒マントを派手に翻して、欣喜雀躍の大喜びだった。
自分が醜く恐ろしい姿をしているからなのだろうか。
面食い黒マントは、綺麗な人なら、どんなタイプでもいいらしい。

そして、自分が醜く恐ろしい姿をしているからなのだろうか。
黒マントの気遣いと もてなしに感じ入った瞬が、
「あなたは、僕の兄の罪を許して下さいました。氷河にも とても親切にしてくれて、僕にも優しく接してくださった。僕と氷河は きっと、あなたの見た目なんか 全く気にしないと思います」
と言っても、黒マントは 決して そのマントを外そうとはしなかった。
本人が嫌だと言っているものを 無理に外させるわけにはいかない。
結局 瞬と氷河は 親切な館の主の姿を知らないまま、更に1週間あまりを その館で過ごしたのである。






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