生に固執するのは不幸な人間。
その考えを、確信にまで強めてくれたのは、一人のおばあちゃんだった。
俺と違って、ちゃんと医者に診てもらえて、帰るところだったらしい。
病院の玄関を出て 門の方に向かって歩いてた おばあちゃんが一人、俺が掛けてるベンチの方に近寄ってきたんだ。
「瞬先生」
用があるのは、俺じゃなく 瞬先生――春の小川先生の方みたいだったけど。

「鈴木さん。まさか、また具合いが悪くなったんですか?」
春の小川先生が診たことのある人らしい。
80は超えてるみたいなのに、真っ赤なリボンのついた つば広の麦藁帽子をかぶって、臙脂色のワンピースを着た、なかなか自己主張の強そうな おばあちゃんだ。
おばあちゃんは、案じ顔の春の小川先生に、病人らしからぬ明るい笑顔を見せた。

「定期検査ですよ。孫の顔を見た時、もういつ死んでもいいと思ったんですけど、この頃、ひ孫の顔も見たくなりまして、真面目に通ってます。人間っていうのは、なかなか業の深い生き物ですね」
紹介状必須の病院で定期検査って、何か再発の可能性のある病気だったのかな。
検査の結果は、よくないものじゃなかったみたいだけど。
「いいことですよ。鈴木さんの お幸せに寄与できていると思えば、医者も頑張り甲斐があるというものです」
「瞬先生たちのおかげです。ありがとうございます」

俺と違って素直な鈴木さんは、親切で綺麗な春の小川先生に、明るい笑顔を浮かべて、素直に礼を言った。
ひ孫の顔も見たいって言う鈴木さんの笑顔は、今日死んでも悔いはないって思ってるみたいな――すごく幸せそうな笑顔だった。






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