三番目に登場したのは、大人の男だった。
もちろん、目は見えている。
彼は、私の醜さを はっきりと視認したろう。
三人目の男は、この男こそ 人の手で人工的に作られたものなのではないかと疑いたくなるほど 美しい男だった。

何と言うか――ナターシャちゃんのマーマは、天上界にいる神が、特別に清らかで優しい天使を作ろうとして作ったもの。
三番目に登場した男は、“命”を作ろうとした私の創造主とは違い、“美”を作ろうとした人間界の人間が、最高に美しい人間を作ろうとして作ったもの。
そんな男。

この男には、地球上のすべての人間を『醜い』と見下すことも許されるだろう。
三人目の男は、そんな美貌の持ち主だった。
私を見る目に、好意や優しさはない。
私は この男に、この家から叩き出される覚悟をした。
――のだが。

「パパ。お客サマダヨ。ナターシャとおんなじで、身体が傷でつながってるんダヨ。ナターシャのオトモダチダヨ」
「……ナターシャの友だちなら、追い出すわけにもいかんな。名前は」
美貌の男は、私を家から叩き出そうとはしなかった。
私の醜さは ちゃんと見えているはずなのに。
“ナターシャの友だちなら”?
何なんだ、その理由は。

想定外の展開に混乱し、戸惑いながら、私は かすれた声で 問われたことに答えたんだ。
「無い」
と。
私には名前はない。
私の創造主は、私に名前すらくれなかった。
『怪物』『化け物』という呼び名は、名前ではないだろう。

ナターシャちゃんは、私の名無しの事実を知ると、びっくりしたように瞳を見開いて、首を大きく右に傾けた。
そして、下から私の顔を見上げてくる。
「名前、ないノ? 名前がないと、困るヨ。何て呼べばいいのか わからないヨ」
「ナターシャちゃんがつけてあげればいいよ」
ナターシャちゃんのマーマが、ナターシャちゃんに提案。
「ナターシャが? パパがナターシャに『ナターシャ』をくれたみたいに?」

ナターシャちゃんのマーマが頷く。
すると、ナターシャちゃんは、テーブルの上に両肘をついて私の顔を(恐れる様子もなく)凝視し、それから 膝立ちしていた椅子から飛び降りて 私の周囲を歩き回って(恐れる様子もなく)私の巨体を眺め――どうやら ナターシャちゃんは、私に名前をつけるために、私の観察を始めたようだった。

名前を―― ナターシャちゃんは、本気で本当に私に名前をつけるつもりでいるらしい。
私を作った創造主が一顧だにしなかった私に、私を作った創造主が放棄した私への命名の権利を行使するつもりでいるらしい。
それは――それは、愛がなければ 行わない行為ではないのか?

ナターシャちゃんは、一通り 私を観察し終えると、しばし考え込む素振りを見せた。
それから、私が掛けている椅子の横にやってきて、私を見上げて言った。
「モンブランがいいヨ。おじちゃんは とってもおっきくて、パパより背が高いカラ。モンブランは、すごく高い お山の名前なんダヨ。それで、ナターシャが大々々好きなケーキの名前。モンブランのモンちゃん。それなら呼びやすくて、可愛いでショ?」

モンブランのモンちゃん。
ケーキの名前なんてものは知らないが、ナターシャちゃんが大々々好きなもの。
それが、私の名前。
私は、私に手渡された素晴らしい贈り物に、言い知れぬ感動を覚えた。
その感動が、私の両目から、何か熱いものをあふれ出させた。
涙。私が この世に生を受けて初めて流す涙。
創造主に見捨てられた時にも、森の老人との別離を余儀なくされた時にも、命を救った相手に殺されかけた時にも――どんなに みじめな時にも、どんなに寂しい時にも、どれほど悲しい時にも、私の目から涙が零れたことなどなかったのに。

「モンちゃん。モンちゃんは イヤ?」
ナターシャちゃんが不安そうな目をして、私の膝の上に 小さな手を載せてきて――ナターシャちゃんは、私の姿だけでなく、触れることも怖くないらしい。
イヤなんかであるものか。
私は嬉しいのだ。
ナターシャちゃんに もらった名前を、心から喜んでいる。
だが、その喜びが あまりに大きくて――大きすぎて、言葉が うまく出てこない。

ナターシャちゃん、誤解しないでくれ。
私は嬉しい。
嬉しいんだ。
なのに、嬉しいことにも、喜びにも、感動の涙にも 慣れていない私は、すぐにナターシャちゃんに礼を言うことができなくて、そのことに更に焦り、慌て――。
そんな私を救ってくれたのは、可愛いナターシャちゃんの天使のごときマーマだった。

「ナターシャちゃん。モンちゃんは、ナターシャちゃんに名前をつけてもらえて、とっても喜んでるんだよ。人は嬉しい時にも涙を流すんだ」
ナターシャちゃんのマーマは そう言って、不器用な私を助けてくれた。
「ソーナノ? モンちゃん、喜んでル? ホントに? ナラ、よかっター!」
マーマの言葉で、ナターシャちゃんが笑顔になる。
私は ほっと安心し、そして 気付いたんだ。

私が涙を流していることを、ナターシャちゃんのマーマは知っている。
彼女は、私が着いている食卓の向こう側に立っている。
もちろん 私の顔に触れていない。
彼女が私を恐れないので、私は、彼女は目が見えないのだと決めつけていたのだが、それが私の思い違いだったことに、この段になって初めて、私は気付いた。
彼女の目は見えている。

つまり、彼女は、私と同じ世界を見ているのに 私を恐れず、私に親切にしてくれたのだ。
ナターシャちゃんは、私に名前をくれた。
ナターシャちゃんのパパは、私をナターシャちゃんの友だちだと認めてくれた。
この人たちは、何者なんだ?
こんなにも美しい人たちが三人共、私の醜さを全く気にしない。
私は自分でも気付かぬうちに、優しい人しか住んでいない異世界に迷い込んだのか?

私が ナターシャちゃんからもらった名前を喜んでいることを知ったナターシャちゃんは、今は笑顔を通り越して得意顔。
なんと ナターシャちゃんは、私の膝の上によじ登ってきた。
「あのね。ナターシャもね、パパにナターシャっていう名前をもらった時、とっても嬉しかったノ。名前をつけてもらうのって、すごく とっても嬉しいヨネ!」

ああ。
ナターシャちゃんの言う通りだ。
名前をつけてもらえることは、とても嬉しい。
それは、この世界で生きていていいという承認を与えられたようなもの。
一つの命に与えられる最初の愛の証だ。
私は ついに それを手に入れたんだ。






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