そして、小さなナターシャの予言は現実のものになったんだ。
俺は、翌日、世界でいちばん 悲しくて つらくて 寂しい俺になっていた。

『亡くなったのは、君のお母さんだけじゃない。たくさんの人が亡くなったんだ』って、どっかの善人ぶった奴が俺に言ったけど、それが、だから、どうだっていうんだ?
俺だけじゃなく、みんなが不幸だから気にするなって?
俺は、世界でただ一人、俺を幸福にしてくれる人を失ったんだ。
他の奴のことなんか知るか!

「だから、ナターシャ、言ったのに……。ナターシャ、言ったのに……。ナターシャが幸せでなくなってもいいから、行かないでって言ったのに……」
いつのまにか、あのチビナターシャが俺の前にいた。
おまえ、どこに消えてたんだよ。
昨日は、東シベリアの雪原の ど真ん中。今日は、これから5ヶ月間は閉鎖されることになる埠頭の片隅。
おまえ、神出鬼没だな。

いや、そんなことより。
おまえの言う通りだ。
言ってることの意味なんか わからなくても、『行くな』っていう、おまえの忠告に従っていれば、マーマは こんな冷たい海の底に沈まずに済んだのに。
おまえの忠告を聞いていれば――。

「おまえは 何者だ」
俺の誰何に、チビナターシャは何も答えなかった。
答える代わりに、俺の手を握って――手袋もしてないのに、チビナターシャの手は熱かった。
いや、俺の手が冷たいだけか……。
海からの風が吹きつける、人影もまばらになった埠頭の桟橋。
チビナターシャの手を熱いと感じるってことは、俺の五感は まだ凍ってないんだな。

チビナターシャは、やたら大きくて、すごく真剣な目で、かろうじて五感が残っているらしい俺を見上げ、見詰め、言った。
「パパはもうすぐ、ナターシャのマーマに会えるヨ。マーマは、世界一 優しくて強くて綺麗ダヨ。パパは必ず、幸せになる。だから、挫けちゃ駄目なんダヨ。パパ、負けないデ」

俺は、今日もチビナターシャの言うことは、1パーセントも わからない。
でも、この子の予言は当たるんだろうと思った。
今の俺には到底 信じられないことだけど、俺は もうすぐ、世界一 優しくて強くて綺麗な人に出会って、必ず幸せになる。
そんなことがあるはずないのに。
俺は俺のマーマを永遠に失ってしまったのに。

でも、チビナターシャの瞳は自信に満ちていて――俺まで、この子の予言が実現しないはずがないって思えてきて――。
マーマに救われた命を捨てるわけにもいかず、これから一人ぽっちで 自分の人生を生きていかなきゃならない俺には、希望が――どんなに小さくてもいいから希望が必要だったんだ。
日本に渡った俺が瞬に会ったのは、それから間もなくのことだった。






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