自分が死んだからといって、生に未練があるからといって、自分の身体が既に存在しないからといって、他人の身体を乗っ取ってまで生き返りたいと、人は望むものだろうか。
そんなことを望む人間が存在するという事実(?)を、瞬は なかなか信じることができなかった。
瞬の周囲で死から蘇った経験を持つ者たちは、誰もが 自分自身の身体(姿)で蘇ってきたので、蘇りを望む者(の心、魂)は、蘇りを望む者の肉体や姿に 結びつけられているものと、勝手に決めつけていたところもあったかもしれない。

デスマスクの推察に半信半疑でいた瞬は、だが、その日、彼の推察が正鵠を射ていると認めざるを得ない経験をすることになってしまったのである。
誰かが瞬の意思を押さえつけ、(おそらく)瞬の身体を支配しようとした――のだ。

それは、深夜と早朝の狭間の時間。
瞬はベッドで眠っていた。
普通の人間なら、眠りが最も深い時間帯だろう。
しかし、瞬は、どれほど深く眠っていても、常に臨戦態勢のアテナの聖闘士。
その上、氷河が その時間帯に帰宅することが多いので、無意識のうちに目覚める準備に入っていたタイミングでもあったのだ。

冥界のジュデッカで、かつて ハーデスが覚醒している瞬にしようとしたことを、その力は 眠っている瞬にしようとした。
それは とりもなおさず、その力が、ハーデスのそれほど強いものではないということ。
それでも、
(誰かが、僕の意識を眠らせようとしている)
と、瞬は はっきりと その力を感じ取った。
気付き、感じ取り、すぐに その力を撥ねのける。
寝台に上体を起こし、そこに誰がいるのかを確かめようとした瞬は、結果的に、そこに誰もいないことを 確かめることになった。

「でも、気のせいじゃない」
夜の暗闇に向かって、今度は 声に出して、瞬は そう告げた。
同時に、寝室のドアの脇のフットライトが僅かに揺れる。
残念ながら(?)、それは先ほどの正体不明の力の主ではなく、帰宅した氷河が部屋のドアを開けたために生じた光の揺らぎだったが。

「なんだ? わざわざ起きて お出迎えとは。そんなに待ちわびてくれていたのなら、光速で帰ってきたのに」
言うなり、氷河が瞬の上に覆いかぶさってくる。
さきほどの力を撥ね返すのは、この氷河の身体を撥ねのけるより簡単だった。
さほど強い力を持っているわけではないのだ、彼女は。
だからこそ、彼女は 瞬の就寝中を狙ってきたのだろう。

「氷河……誰かが見てるかも」
肩口に顔を埋め 唇を押し当てている氷河の背中を軽く叩き、自制を促す。
一向に大人しくなる気配を見せずにいた氷河も、
「氷河。僕、ついさっき、誰かに身体を奪われそうになったみたい」
という報告を瞬から受けるに及んで やっと、その行為を中断することに同意してくれたのだった。
もっとも、氷河が瞬から(とりあえず)離れてくれたのは、瞬の その報告に重要性や緊急性を認めたからではなく、その報告の意味がわからなかったから――のようだったが。






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