ナターシャちゃんは、私たちに エルピスっていう名前をつけてくれた。
エルピスって、ギリシャ語で『希望』っていう意味なんだって。すごい。

ナターシャちゃんは、私たちが大好きみたい。
おうちに帰ってからも、ナターシャちゃんが私たちを離そうとしないのを見たナターシャちゃんのマーマが、
「ナターシャちゃん、随分 お気に入りだね」
って言ったら、ナターシャちゃんは、
「だって、とっても可愛いんだもん」
って。

私たちは、『可愛い』って言われれば言われるほど 可愛くなり、『綺麗だ』って言われれば言われるほど、綺麗になる。
私たちは、ナターシャちゃんのおかげで、精一杯 綺麗に可愛くなろうって思えたし、ナターシャちゃんのために、精一杯 綺麗に可愛くなりたいって思った。

昼間はリビングルーム、夜はナターシャちゃんのお部屋。
私たちは、いつも ナターシャちゃんと一緒だった。
私たちはナターシャちゃんのお友だち。
ナターシャちゃんは、時々、私たちの前で、頬杖をついて、秘密を打ち明けてくれた。
秘密を打ち明けてくれるのは、友だちだからよね。

「ねえ、エルピスちゃん。ナターシャは、パパとマーマのほんとの子供じゃないんダヨ。パパはカッコよくて スマートで、マーマは綺麗で優しくて、公園で会う みんなは、ナターシャのこと、すごく羨ましがるけど、ナターシャのパパとマーマは、ナターシャの ほんとのパパとマーマじゃないノ」
その秘密を打ち明けられた時、私たちは すごく びっくりした。
だって、ナターシャちゃんと ナターシャちゃんのパパとマーマは とっても仲良しだから。

確かに、ナターシャちゃんと ナターシャちゃんのパパとマーマは あんまり似てないんだけどね。
ナターシャちゃんのパパは 豪華な薔薇の花。
ナターシャちゃんのマーマは、清らかな白百合の花。
ナターシャちゃんは、可愛いオレンジ色のガーベラ。
薔薇と百合からガーベラは生まれないもの。

人間は、たくさんの子供を作らない分、血の繋がった者同士で親密な共同体を作ることが多いってことを知ってるから、私たちは少し心配になった。
血縁を大事にするってことは、血の繋がらない よそ者を排斥するってことでもあるから。
でも、人間すべてが そういうわけではないみたい。
少なくとも、ナターシャちゃんのパパとマーマは違うみたいだった。

ナターシャちゃんが、ナターシャちゃんのパパに、
『ナターシャはパパのほんとの子供じゃないの?』
って訊いたら、ナターシャちゃんのパパは、
『偽物の子供なんてものはない』
って、答えたんだって。
『大事なのは、大好きだということだ。好きな気持ちだけだ』
って、言ったんだって。
『俺は瞬が大好きで、ずっと一緒にいると決めた。ナターシャが大好きで、ずっと一緒にいると決めた。それが大事で、それだけが大事なんだ。それより大事なことなどない』

「パパは そう言ってくれたんダヨ」
私たちが心配する必要はなかったみたい。
ナターシャちゃんは幸せそうだった。

大好きだっていう気持ちが何より大事で、それより大事なことなんてない。
そう言ってくれたパパが、ナターシャちゃんは大好きなんだって。
ナターシャちゃんと ナターシャちゃんのパパ、素敵。
私たちは、そう思った。
大好きだっていう気持ちが何より大事。
私たちも そう思う。

「ナターシャは、エルピスちゃんが大好きダヨ。可愛くて、一緒にいると、元気な気持ちになるヨ」
そう言ってくれるナターシャちゃんが、私たちは大好き。

ナターシャちゃんが 私たちに『可愛い』『綺麗』『大好き』って言ってくれるのは、『大好きっていう気持ちが何より大事』っていう、パパの言葉のおかげなんだと思う。
おかげで、私たちは、すごくハッピー。
最初に ナターシャちゃんのパパを見た時、『綺麗だけど冷たそうな人』って思ったことを、私たちは心から反省した。
でも、いるよね、そういう人。
本当は とっても優しいのに、どういうわけか、その優しさを隠すことが異様に上手くて、誤解されやすい、不器用な人。

そんなパパさんとは対照的に、ナターシャちゃんのマーマは、すごくあったかくて、側にいると力が満ちてくる不思議な人。
ナターシャちゃんみたいに、毎日 何度も私たちに『可愛い』『綺麗』って言ってくれるわけじゃないけど、そう思ってくれてることが、ナターシャちゃんのマーマの周囲の優しい空気に包まれるだけでわかる――ナターシャちゃんのマーマの手に触れられるだけでわかる。
実際、私たちを いちばん世話してくれるのは、ナターシャちゃんのマーマだしね。
ナターシャちゃんのマーマは、ナターシャちゃんを大好きで、ナターシャちゃんのパパを大好きで、私たちのことも大好きで――何ていうか、世界中のありとあらゆるものが大好きな人――それが伝わってくる不思議で優しい人。

私たち、そういうことに敏感だから、わかるのよね。
その敏感な私たちの感応力をもってしても、ナターシャちゃんのパパの優しさは すぐには感知できなかったんだけど、それは、ナターシャちゃんのパパの周囲の空気が ひんやりしているからなんじゃないかと思う。
なぜだか、ナターシャちゃんのパパの周囲の空気って、冷たいのよね。
私たち、低温が苦手だから、それで感知できなかったのよ、きっと。

もちろん、今はもう、ちゃんとわかってる。
ナターシャちゃんのおうちは、ナターシャちゃんも、ナターシャちゃんのパパもマーマも優しくて綺麗。
私たちは、もしかしたら、世界でいちばん素敵なおうちに引き取られたんじゃないかって思って、華やいだ気持ちになった。
私たちの仲間の中には 不幸な運命を辿る者が多いから――私たちは、幸福の価値、幸運の価値を知ってるの。
それが滅多に巡り合えないものだっていうことを。






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