我々は、青い星の上にある陸地の中で最も活発なエネルギーに満ちた、ある明るい島の一つを選び、その一地点に降り立った。
我々が目をつけたのは、小さな人間たちが集まっている公園という場所。
そこで最も精力的に動き回っている個体の一つに近付き、初対面の挨拶をする。

「こんにちは」
言葉は、翻訳機が完璧なはず。
「こんにちはダヨ!」
翻訳は うまくいっている。
頭部の毛を二つに分けて結んでいる その子供は、私(我々)の挨拶に同じ言葉で答えてきた。
そして、首をかしげた。
これは、我々(私)を不審がっているジェスチャーだ。
私が不審な者でないことを この子供に知らせ(信じ込ませ)、私への警戒心を解かなければならない。
人間は、自分の敵ではないと思える相手としか、率直に話し合うことをしない生き物なのだ。

「私は、最近、この近所に住むようになったセオスという者だ。君に教えてほしいことがあるのだが」
「セオスちゃんは、お引越ししてきたの? 何でもナターシャに訊いていいヨ。ナターシャが何でも教えてあげるヨ!」
子供の名はナターシャというらしい。
私に、情報開示の意思を伝えてきた。
単純そうだ。
やはり 子供を選んで接触を試みたのは正解だった。
人間の子供は、真実を隠蔽するわざを学んでいないので、その発言は 大人のそれより信頼が置けるんだ。

一応、この人間が事実と違うことを意図的に言った場合は、それがわかるように、私が持参した翻訳機には、相手の発言の真偽を判定する機能もついている。
己れを偽る能力を有する生き物が 本気でない時、あるいは 本心を隠している時に示す変化を感知する機能だ。
この子供が嘘を言えば、私には すぐにそれがわかる。
準備は万端。情報収集開始。

「この世界には、見たところ、知的生命体といえる生物は 人間しかいないようだが、神は人間に滅ぼされたのか?」
人間の子供は単純なようだから、婉曲的な質問は理解できまい。
そう考えて、私は、人間の子供に 直截的に質問をぶつけてみた。
もし この子供が私の質問の意味を理解できなかったら、私は 人間の子供から情報を引き出す やり方は断念するつもりだった。

が。
ナターシャは私の質問の意味を理解したようだった。
それだけでなく、この子供は、私の質問に対する答えも持っていた。
「神? 悪い神様は ナターシャのパパとマーマが倒したヨ。アテナは人間を守ってくれる いい神様だから、人間と仲良しだけど」
それは即答だった。
そして、ナターシャの返答の内容は、私を(私を通じて、私の同胞たちをも)色々な意味で驚愕させるものだった。

人間の姿を維持することが至難だから 短時間で真実に辿り着かなければならないと緊張して、青い星に降り立ったのに、こんなにも早く、こんなにも容易に、事実が判明してしまったことに、私は まず驚いた。
それは、子供でも知っていること。
つまり、この星では、誰でも知っていることなんだ。
神が人間によって倒されたという事実(?)は。

ナターシャの言う“悪い神様”というのは、『人間を滅ぼせ』という我々の命令を遂行しようとした神たちを指すのだろう。
パパとマーマというのは、人間の成人のこと。
人間を滅ぼそうとする(悪い)神たちは、人間の大人たちによって倒された――らしい。
人間の力と 神の力を単純に比較すれば、それは まず考えられないことなのだが。
“いい神様”というのは、『人間を滅ぼせ』という我々の命令に従わなかった神、人間と争うことをしない神のことか?
つまり、人間を滅ぼすために配置した神の一部が、我々の命令に逆らって 人間と手を組み、我々の命令に忠実な神たちを殲滅したということだろうか。

考えてもいなかった。
神は、力はあるが、発展性や知恵はないから、『人間を滅ぼせ』と命じれば、何も考えずに その命令に従うと思ったのに。
そして、その務めを果たしたのちは、自らの存在意義を見い出せずに滅んでいくものと思っていたのに。
神の中に、発展性を持つ突然変異者が現われたということだろうか。

発展性がないとはいえ、意思や思考力は有しているのだから、この星に運ばれた神たちが この星で何らかの――我々には想定外の――刺激を受け、変化もしくは進化した可能性は、完全には排除できない。
だが、期間が短い――短すぎる。

この青い星での2000年は、我々の星の1年に相当する時間だ。
神たちの母星は 更に公転周期が長く、この星の1万年が 神たちの故郷の星の1年に相当する。
そこでの10歳が平均寿命だったから、神たちの寿命は、青い星でなら10万年。
人間からしたら、不死と言っていいほどの長寿だろう。
それが、たかだか2000年ほどで、どう進化できるというんだ。
世代交代も為されないほどの短期間で。
それとも、それを可能にする何かが、この星にはあるというのか?
まさか。
そんなことは あり得ない。

「神たちは すべて滅ぼされたのか? 今 生きている神はアテナという神だけか?」
翻訳機を用いての会話でよかった。
翻訳機経由でなかったら、私の質問には、驚愕や焦慮、不安や恐れといった感情が はっきりと表れてしまっていたに違いない。
私の質問へのナターシャの答えは、今度は即答ではなかった。
また、断言でもなかった。

「ナターシャ、よくわかんない。邪神は まだいるのかもしれない。ナターシャのパパとマーマは、今でも時々 戦ってるカラ」
神の生き残りが、僅かながらでもいるということか。
だが、現況を見た限りでは、人間と神で淘汰されたのは、どう考えても神の方だ。
人間の数は、2000年前には3億ほどだったが、今では80億を超えている。

「人間は こんなに数が増えて――人間同士で争わないのか?」
争ったあげく、星を巻き添えにして滅亡する可能性があると考えたから、それを懸念して、その事態を回避するために、我々は人間を退治することを決めたのに。

ナターシャは――何ということだろう。
この野蛮な人間の子供は、この私を、野蛮な人間を見るような目で見て、ぷっと頬を膨らませた。
これは、人間が 怒りや不快な気持ちを示す時の動きだ。
「ナターシャは、みんなと仲良くするヨ。喧嘩なんかしないヨ。人はみんな、助け合って生きるんダヨ!」
真偽判定機は、ずっと“虚偽なし”を示している。
この子供は嘘は言っていない。

「しかし、人間は、自分の欲望を満たすために、他の人間を滅ぼしたり、この星を汚したりするんだろう?」
「そんなことないヨ。人はみんな優しいし、愛し合って、支え合って生きてるんダヨ。人間は一人では生きていられないから、みんなで力を合わせるノ。みんなで力を合わせるから、できないことはないんダヨ」
これも“虚偽なし”。
この人間の子供は 嘘は言っていない。

そんな馬鹿な。
以前、来た時は――今も 青い星は青いままだったが、以前来た時より、この星の緑の部分は かなり減っていた。
灰色や白銀の、いかにも星の意思を無視して 人間が自分たちに都合よく作り替えた人工的な色の部分が増えている。
星を包む空気の成分にも変化が見られる。
人間が、少しずつ、この星の美しさを損ねているのは事実なんだ。
にもかかわらず、ナターシャの この証言。

あまりに思いがけない事態に、私は どう対処すべきかを迷った。
まさか、この子供に向かって、『それは嘘だ!』と怒鳴り声をあげるわけにはいかない。
少なくとも、この子供が嘘を言っていないことは事実なのだ。
私が持参した真偽判定機が故障しているのなら、話は別だが。

自分の発言を私に信じられていないと思ったのか、ナターシャという子は、声に強い力を込めて、再度 主張し始めた。
「ほんとダヨ。ナターシャのパパとマーマは いつもそう言ってる。ナターシャのパパとマーマとナターシャは とっても仲良しで、ナターシャが小さいせいで できないことをしてくれて、ナターシャが小さいせいで知らないことを教えてくれる。パパはマーマがいないと生きていられないから、マーマの言うことをよくきく いい子だし、マーマは世界中の人に優しいけど、パパのことは世界で いちばん甘やかしてあげてるんダヨ。マーマはパパが大好きだカラ。みんなで仲良く、力を合わせて、世界の平和を守るんダヨ!」

“虚偽なし”、“虚偽なし”、“虚偽なし”。
ナターシャの力説は真実だと、真偽判定機は判定結果を示している。
この判定機は、どうあっても 自分の判定を変える気はなさそうだ。
人間は、では、この2000年の間に変化したのか?
自分より 100万倍も強大な力を持つ神を、力を合わせて対峙することで排除し、人間同士で争うこともせず、仲良く生きるものたちに進化した?
人間たちが テリトリーに付随する資源を争い、戦いを始め、星を滅ぼす可能性は消えたというのか?

人間の増加と 神の絶滅という、青い星の現状。ナターシャの証言。
それでも私(我々)の不安は消えなかった。
この青い星の美しさは ほぼ永遠に保障されたと信じ 安心することが、我々にはできなかった。
この不安は、なぜ生まれてくるのだろう。
この不安は、なぜ我々の中から消えてくれないのだろう。
もっと情報を集め、納得できる結論を得たい。
だが、私(我々)が この人間の姿を維持できる時間は そろそろ限界だ。
元の姿に戻らなくては。
元の――水で例えるなら、水蒸気の状態に。
これ以上 無理をすると、我々の命(精神)が死んでしまう。

「もう帰らなければならない。ナターシャ、さようなら」
「もう帰っちゃうの? セオスちゃん、また来る?」
「もちろんだ」
「うん。じゃあ、セオスちゃん、またね。ばいばい」
ナターシャは、我々が作ったセオスという名の子供に好意を抱いたのか、私が別れの意を告げると、少し残念そうな気持ちを見せ、だが、私にまた会えると知って 喜んだようだった。

我々は もちろん、また この星にやってくる。
その時 再び ナターシャに会えるかどうかは わからないが、もちろん、我々は もう一度 この星にやってくるだろう。
かなり ぎりぎりのところで、我々は人間たちの目につかない場所に飛び込み、元の姿に戻った。
ほぼ同じ瞬間に、ナターシャの許に二人の人間の大人が歩み寄り――ナターシャと会話を始めた。






【next】