氷河たちが案内されたのは、長い数本の廊下の集まる、あのドーム型の建物だった。
 建物内は、いくつもの区画に区切られているらしく、やはりたくさんの廊下が交わっている。その中の部屋の一つに、氷河たちは通された。
 あまり広い部屋ではなく、テニスコート二面分ほどの面積しかなかった。あのドーム型の建物の大きさを考えれば、その百分の一を占めているかどうかというところだったろう。
 室内には着飾ったたくさんの女性が壁に沿って並んで立っていた。ここに来て、初めて見る女性である。皆、白や薔薇色の絹――としか思えない布――で作られた細いシルエットの長衣を身に着け、金細工の髪飾りや青い宝石の埋め込まれた腕輪や髪飾りで全身を飾りたてている。ほとんどが茶系の長い髪、白い肌で、背も高く、皆それぞれに美しかった。
 部屋の最奥に、例のプラチナに似た物質でできた玉座らしきものに腰掛けている、女たち以上に豪奢な服を身に着けた一人の男がいた。男の横に、11、2歳くらいの利発そうな男の子が寄り添うように立ち、氷河たちを見詰めている。
「やっと御大のご登場か」
 氷河は、期待と失望とを同時に胸中に抱いた。ここがどこなのか、何のために自分たちがここにいるのかをやっと説明してもらえるという期待と、当の御大の目が死んだ魚のそ れのように胡乱なことに感じる失望とを、である。
 玉座の男は、白い長衣に紫の短衣を重ね着て、金の砂が散ったような青い石の連なった細かい金細工の装身具を、両肩から胸に垂らしていた。紫の上着はビロードに見える。歳は四十に手が届いているかどうかというところで、顔だちもそれなりに整っているのだが、とにかく覇気が感じられず、身体にも締まりがない。
 対照的に、その横に立つ少年は、飾り気もなく、青い短衣を身に着けているだけなのだが、その瞳は生気に輝いていた。
「ムスタバル。なぜ三人なのだ? 三人が三人とも蛇なわけではないのだろう? 私は蛇でないものに跪く気はないぞ」
 胡乱な目の男が、眠そうな声で低く言う。見かけ通り愚鈍なのだろう。嫌う価値もない男だと、氷河は一目でわかった。
「なぜお三方もいらっしゃったのかは私にもわかりません。しかし、どなたかお一人は蛇のはず」
 ムスタバルの態度の慇懃さは、この胡乱な目の男がムスタバルより上位に位置する者だということを示している。だが、その突き放すような物言いは、ムスタバルが決してその男を尊敬していないという事実を見え隠れさせていた。
 そんなことも感じとれないほど、玉座の男は鈍いのだろうか。無感動な目をムスタバルに向けると、彼は、
「蛇だけを連れて来い。私は退がる」
とだけ言って玉座から立ち上がり、あろうことか、そのままのそのそと部屋を出ていってしまったのである。その後に整然と女たちの列が続く。
 列を構成している最後の女が室内から消え去るまで、氷河たちはひたすら呆然と、色鮮やかな連凧のごときその光景を視界に映していた。凧のしっぽの端が完全に見えなくなったところで、やっと我に返る。

「何だ、ありゃあ」
 我ながら間の抜けた声だと氷河は思ったのだが、彼には他に言葉がなかったのだ。やっと会えた黒幕――らしき人物――が、ろくなセリフも言わず、エキストラを連れてさっさと舞台から降りてしまったのである。自分の意思とは関係なく無理やり舞台に登らされた氷河たちにしてみれば、腹が立つより気が抜けてしまったというのが、正直なところだった。
 黒幕の横にいた少年だけはその場に残ってくれていたのだが、いくら利発そうな目をしているとはいえ、11、2歳の子供に大きな期待は持てなかった。







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