棚の上に置かれた宝石箱をぼんやりと見詰め、絵梨衣は肩を落とした。一辺が一メートルはあろうかと思われる宝石箱の中には、様々な色合いの石が――とは言っても、青の濃淡が異なるだけなのだが――金や銀の細かい細工にはめ込まれてできている装身具がぎっしりと詰まっている。中には、どうやって身に付けるのかさえわからないような代物まであった。 これをすべて身に付けたら、鎧をまとっているのと大して変わらないだろう――と思う。シュメールの人々は、よほどこの青い石――ラピスラズリ――が好きらしい。 (ギリシャだかどこだかでは、ラピスラズリって魔除けの石とか言われてるらしいけど、ギリシャ…って国も、多分、"今"はまだないのよね…?) そんなどうでもいいことを考え、また溜め息をつく。 ここに来て初めて金とラピスラズリの腕輪を自分の腕に通した時の華やいだ気持ちは、とっくに絵梨衣の中から失せていた。山のように積まれた装飾品はもう、壊れた玩具程度にしか思えない。 九割は食べきれずに下げられる料理の山にもうんざりする。控えの間にいて絵梨衣のお呼びを待っている女たちもうっとおしかったし、着替えのたび、入浴のたび、余計な手を貸そうとしてくる女たちも不愉快だった。 絵梨衣がいくら否定しても、周囲の者たちは絵梨衣を蛇だと決めつけている。 だからといって無理難題を突きつけられることもなかったのだが、絵梨衣の不安は日ごとに膨れあがっていくばかりだった。 訳のわからない巨大な機械の前に連れていかれ、『蛇ならこの機械を直せ』と命じられる時が、いつ来るかわからない。そう言われても絵梨衣には何もできないとわかった時、この宮殿の人々の落胆と失望が、怒りや殺意に変わらないと、誰に言いきれるだろう。自分は蛇などではないと、絵梨衣が訴え続けていたことなど、無視されるに決まっているのだ。 そんな恐れや懸念も、氷河たちさえ側にいてくれれば、多少は――否、ほとんど――薄らぐと思うのに、女たちは、絵梨衣を氷河たちに会わせてはくれない――。 「……」 脱力して寝台に座り込み、絵梨衣はベッドヘッドに置かれていた葡萄酒の入ったデキャンタを壁に投げつけた。水晶を刻んでできた繊細なデザインのデキャンタが、派手な音を立てて割れ、辺りに赤紫色の液体が飛び散る。 この音を聞きつけて、まるで監獄の看守のように絵梨衣を見張っている女たちが駆けつけてくるはずだった。 彼女たちに、もう一度氷河たちに会わせてくれと頼んでみようと思う。 不安を忘れるほど腹の立つ氷河の嫌味と皮肉が聞きたい。気持ちを心地よく安らげてくれる瞬の慰めと励ましが欲しい。 絵梨衣は、どうしても二人に会いたかった。 安全で飢えることのない孤独より、不安と危険の中で氷河たちと共にいる方が、どれだけましかしれないと、絵梨衣は心底から思った。 氷河たちに会えなくなって3日目の夜が深けていく。 明日はエンキ神の祭儀があるのだと、女たちは言っていた。 |