似たような廊下を何度曲がったか、瞬はもう憶えていなかった。
 瞬は記憶力はいい方で、どんな些細なことでも良く憶えているし、観察眼も確かな部類の人間だったのだが、今の瞬は平生の彼ではなかった。
 瞬は、この世界に来て初めて、底のない恐れに捕らわれていた。これまでは、氷河が側にいてくれたから恐怖や不安は二分されていたし、絵梨衣がいたから気を張り続ける努力をすることもできていた。
 瞬は今初めて、異邦人の中で一人だった。
 そう考えてから、異邦人は自分の方なのだと思い至る。
 ムスタバルは自分をどこに連れていくつもりなのか――と考えてから、たとえそこがどこだったとしても異世界の中のどこかなのだと、わかりきった結論に辿りついた。
 瞬の両脇を歩くムスタバルの部下たちは、さすがに瞬を掴みあげるようなことはしなかったが、瞬は彼らに威圧感を感じざるをえなかった。
 だが、なによりも瞬の心を重くしていたのは、意識を取り戻すのも確かめずにあの部屋に残してきた氷河と、今どこでどうしているのかもわからない絵梨衣の安否が知れないことだった。そして、もし"蛇"というものが、自分の考えている通りのものだったら――という不安。
 瞬が他人と異なるところは、ただ一つ。それが蛇であることの条件なのだとしたら、これまでずっと負い目に思い、自身を卑下する原因になってきたそのこと――が、今また瞬に災厄をもたらそうとしていることになる。それも、氷河や絵梨衣を巻き込んで。
 瞬は苦しく切なかった。
 望んで、こんな自分に生まれてきたわけではない。自分から、こんな自分を望んだわけでは決してないのに、と。


 瞬の前方を歩いていたムスタバルが、ある部屋の前で足をとめる。彼は瞬を振り返り、言った。
「私が王になれば、蛇の仕組みを手中に収めることができます。そうなれば、兄の力を頼らずとも私自身の手で、あなた方を元の世界に帰してさしあげることもできるでしょう。いくら私でも、脅して意に従えた蛇を身近に置く勇気はない。そのために――あなたが蛇だということを諸都市の王に示す必要があるのです。王たちがあなたを蛇だと認めれば、彼らは、偽の蛇を戴いている兄を偽王として排斥するのに異を唱えないでしょうからね。心得ておいて下さい」
「……」
 返事のしようもなく、瞬は無言だった。
 では、この部屋の中には、今日の祭儀のために集まった諸都市の王たちがいることになる。
「さあ、中へ」
 ムスタバルに促されて、瞬は室内に足を踏み入れた。







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