どうしてそんなことになってしまったのか、僕は自分でも理解できなかった。
 ついさっきまで僕たちは、自分の親友と自分の息子のことを話していたのに。

 僕は小さい頃から氷河ばかり見ていたから、他人とそういうことをするのは、もちろん初めてだった。氷河の代わりができる人がこの世に存在するなんて思ってもいなかったから、誰かを氷河の身代わりにしようとしたこともなかった。

 だけど、氷河のお父さんは、僕が目を閉じていさえすれば、その声も、身にまとっている空気も、熱い息も、髪も肩も指も腕も唇も氷河そのもので――その腕が僕を抱き、その指が僕の首筋をなぞり、その髪が僕の胸をくすぐり、その唇が僕の脚を辿るんだ。
 僕はもう無我夢中で、その錯覚に溺れようとした。
 そこが煌々と灯りのともった客間の長椅子の上で、僕が身に着けていたものを全て剥ぎとってしまったのが氷河じゃない人で、僕が男で、僕に覆いかぶさっている人も男の人だなんてことは、どうでもよかった。恥ずかしいとか、痛いとか、重いとか、熱いとか、そんな感覚すら、はっきりと感じてはいなかった。いや、感じていなかったわけじゃない。そんな感覚が全部ごちゃまぜになって、僕の身体は叫んでいたんだ。
『氷河だ、これは氷河だ』と。
 氷河が僕を抱きしめてくれているんだ。それだけで、僕の身体は燃えあがりそうなほど熱くなっていた。
 氷河のお父さん――氷河の身体も熱かった。

「瞬…」
 氷河の声が僕を呼ぶ。
 氷河の手は僕の内腿をなぞっていて、氷河の唇は僕の肩口をさまよっていた。

「誰だ?」
 低く、氷河の声が尋ねてくる。

「あ…あっ…」
 氷河の指に与えられる刺激に耐えきれなくなって思わず浮かしかけた腰を、氷河は自分の身体で抑えつけてきた。氷河と身体の密着している部分が増えて、僕の身体が声をあげて歓ぶ。
 僕は熱にうかされる病人のように、我を忘れ喘いでいた。焦らされるのでも、優しく愛撫されるのでも、痛めつけられるのでも、そうするのが氷河でさえあるなら、何だって僕は嬉しかった。
 多分、きっと今、僕は、氷河の思う通りに踊らされてる人形みたいなもので、氷河の望む通りに喘ぎ、焦れ、泣いているんだ。でも、何をされても構わなかった。それが氷河でさえあるなら。

「誰だ?」
 耳許で、また氷河の囁くような声が聞こえる。

おまえは俺を誰の代わりにしている…!?
 何を、氷河は言っているんだろう? 僕が氷河を氷河の代わりにしているとでも言うのだろうか。
 僕は切なくなって、両腕を伸ばし、氷河の背にまわしていった。
「氷河……なんで…? もっと僕を…」
 どうしてほしいのでもない。どうされてもいいんだ。僕はその先の言葉を見つけられず、一層強く氷河にしがみついていった。

 氷河が両手をソファについて、その腕を伸ばす。
 僕の顔を見ているその視線を感じて、だが、僕はしっかりと堅く目を閉じたままでいた。

 目を開けてはいけない、と、僕の身体が僕に命じていた。
 やがて氷河の唇が僕の唇に降りてきて、そして、氷河の右膝が僕の膝を割って絡んできた。唇で唇を嬲りながら、氷河の手が僕の膝を立てる。
 自分がどんな恥ずかしい恰好をさせられているのかに思い至る余裕はなかった。氷河が僕に何をしようとしているのかを察した僕の身体は、恥ずかしさよりも、恐いくらいの期待と歓喜に高揚していた。
 氷河が脚ごと僕の腰を持ちあげるようにして、それからゆっくりと僕の中に入ってくる。じわじわと僕の中に入ってくるそれがある一線を越えると、急激な痛みが僕を襲った。まるで熱した火掻棒を自分の身体の中に銜えこんだような熱い痛みだ。
「ああ…っ!」
 僕が叫び声をあげると、それが僕の中から出ていこうとする。そうじゃない、そうじゃないんだと心の中で叫び、僕は氷河の背にしがみついていた腕に力を込めた。
 僕が望んでいるものを理解してくれたのか、今度は勢いよく、氷河は再び僕の奥までそれを突きたててきた。
 痛いのに――痛くてたまらないのに、僕は安堵の息を洩らし、それからまた腰をうごめかしながら喘ぎ始めていた。
 もっと氷河を僕の中に閉じ込めたくて、僕は両脚を閉じようとする。だが、氷河は、もっと僕の奥に来るために、その手で僕の両膝を更に開げた。
 それでもいい。何でもいい。何でも氷河の望む通りになればいい。僕が望むことは、世界の何もかもが氷河の思う通りになって、そして、そんな氷河の生に僕自身がいつも関わっていたいという、それだけなんだから。

 氷河の律動が激しくなる。
 その頃にはもう、僕の身体からは僕の意識が消え去っていて、僕は何も考えることができなくなっていた。
 氷河の名ももう呼べない。僕の唇からはただ、喘ぎなのか泣き声なのか判別できない音が漏れているだけだった。

 軽い絶頂感が続いて気が遠くなりかけた頃、それまでとは比べものにならないほど強い一撃が僕を襲った。どうしてこんなに奥深くまで、と訝るほどの場所に氷河を感じた時、僕はもう、氷河を氷河だと認識してさえいなかった。






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