翌日、僕はいつもより一時間も遅く目が醒めた。 自宅の自分の部屋とは違う高い天井に気がついても、しばらくぼんやりしていた。 体調はいつもより良いように感じるのに、身体が痛い。意識は明確なのに、何かを考えることができない。 そのまま一日中ぼんやりと横になっていたいと思ったのだが、自分が身に着けている見慣れないパジャマの袖に目がいった途端、僕ははっと我に返り、反射的にベッドの上に上体を起こした。弾みで、身体の中心がずきっと痛む。 そして、僕は、夕べのことを思いだした。 思いだして、真っ青になった。 僕はいったい何をしたんだ!? よりにもよって、氷河のお父さんと――。 なぜあんなことを――と考え始めるのと同時に、答えが出てくる。 あの声が――氷河と同じあの声が、僕を惑わせたんだ、と。そして、あの人が、亡くなった人を今でも思い続けているという事実が、僕を切なくさせたんだ、と。 急に心臓がどきんと大きく震える。それから僕の心臓はどくどくと早鐘を打ち始めた。 あの人に組み敷かれながら、僕は氷河の名を口走ったりしなかったろうか? 僕が氷河に、社会的に許されない――人間として、いや、生物としてさえ不自然な思いを抱いていることは、絶対に誰にも知られてはいけないことだ。誰よりも氷河にだけは知られてはならない。だというのに僕は、氷河の最も身近な人に、僕の邪恋を知らせてしまった――? 混乱しきった僕は、どうすればいいのかわからなくて、まともに思考を形作ることができなかった。何かを考えようとするほどに思考が空まわりして、まるで金縛りにあったように身体さえも動かない。ただ心臓だけが活発に動いていて、その音が聞こえそうなほどに激しく波打っていた。 その時、ふいに枕元で軽い電子音がした。枕元にあるナイトテーブルの上の電話が、着信のライトを点滅させている。 氷河だったらどうしよう――と考えて、僕は全身を強張らせた。次に、氷河のお父さんかもしれないと考えて、泣きたくなった。そして最後に、それが誰からの電話でも、とにかく応答しなければ、その人は直接この部屋にやってくるかもしれないと、覚悟を決めた。 「はい」 震える声で返事をする。 電話の主は島岡さんだった。 「お目覚めが遅いようですので、お電話をさしあげました。朝食はいつも通りダイニングでおとりになりますか? それともお部屋の方にお運びいたしましょうか?」 相手が島岡さんだということに安堵の息を洩らし、僕は恐る恐る尋ねた。 「あ…あの…氷河はもう起きてますか?」 「氷河様はまだお戻りではありませんが――旦那様の方に直接ご連絡があったようで、瞬様にはお気になさらないようにとのご伝言がございました」 では、少なくとも今すぐ氷河と顔を合わせることはしなくて済むんだ。僕は強張っていた両の肩から力を抜いた。 「…氷河の……お父さんは…?」 「旦那様はもうご出社あそばされました」 「……そう…」 なんだか急に気が抜けて、僕は緩慢な動作で受話器を置いた。朝食が運ばれてくるまでに着替えをしようとして、のろのろとベッドから抜け出す。 パジャマは僕のものじゃなくて、僕の身体には二まわりも大きく、袖や裾が捲りあげられていた。もしかして、これはあの人が――おそらくはコートも自分では脱がないのだろうあの人が――僕に着せてくれたんだろうか。 ワードローブにはハンガーに掛けられている制服があった。きちんとボタンまでとめられている制服が、かえってなまなましい記憶を思い起こさせて、僕はそれに手を触れることもできなかった。今日が学校に行かなくてもいい日だということが、救いと言えば救いである。 メイドさんが運んできた朝食のワゴンには、基臣氏からのメッセージ・カードが添えられていた。 『辛くなったら、私のところに来なさい』――と。 |