僕は、でも、もう二度と基臣氏には会うまいと決意していた。 何も聞かされていないらしい氷河を見ていて、僕は遅まきながら悟ったんだ。 基臣氏は氷河の父親だ。自分の息子がよりにもよって同性に恋されてるなんてことを、彼が氷河に告げるはずがない。僕の秘密は、氷河の最も身近な人に知られてしまったけど、その人は絶対に沈黙を守る立場にある人でもある。だから、秘密の漏洩を危惧する必要はないんだ。 このまま基臣氏と再会しなければ、これまでと何も変わらずに時間は流れていくだろう――そう、僕は思っていた。 思っていたんだ。 けど――。 高校を卒業して氷河は変わった。 急にたくさんの女の子と付き合いだし、どこか投げやりな生活を送るようになってしまったんだ。 最初は、同じ大学で再会した、僕たちより一学年上のあの卒業生だった。彼女――安西さん――は、さっぱりした性格の美人だったから、 「今、彼女と付き合ってる」 と氷河に紹介された時にも、僕はあんまり驚かなかった。ことごとく女の子を拒んでいては"お袋以上の女を見付ける"ことだってできないわけだもの。僕は、ついに来たるべき時が来たんだと思って、氷河を好きだと自覚した時から準備していた祝福の笑みを、無難に二人に投げかけることができた――と思う。 けど、氷河は彼女とは三週間しか続かなかった。すぐに他の女の子に乗り換えてしまったんだ。 「どうして?」 と尋ねた僕に、 「案外退屈な女だったから」 と、氷河はこともなげな答えを返してよこしたけど、次に氷河が付き合いだした女の子は、安西さんよりずっと中身のない軽薄そうな女の子だった。もちろん一週間ともたなかった。 それからはもう、取っ替え引っ替えで、時には二股どころか、四、五人の女の子と同時進行なんてこともざらだった。大学二年目に入った頃には、以前の氷河を知っている人間には信じられないことだったが、氷河は"T大一の遊び人"という不名誉な称号を戴くほどになっていた。 僕がそんな氷河をなじると、 「おまえはおまえで、誰かとうまくやってればいいじゃないか」 という返事。挙げ句の果てに、 「親友だからってさ、四六時中一緒にいなきゃならないって法はないだろ。俺たち、今まで一緒にいすぎたんだよ」 である。 僕は茫然とした。 僕はこんなことのために――氷河にこんなふうになってほしくて、自分の気持ちを耐え続けたわけじゃない。だが、僕を避けて夜遊びを続ける氷河に、僕は友達としてありきたりな告をすることしかできなかった。いつかきっと思いなおして、もとの氷河に戻ってくれると信じて、ひたすら待つしかないと思った――思うしかなかった。 氷河は頭のいい人間だ。自分が今していることの無意味さに、遠からず気付いてくれるに決まっている。こんなのが氷河の望む生き方であるはずがない。 そう思わなくては、僕は耐えられそうになかった。 氷河のことを何も知らないで、氷河の外見だけに惹かれてふらふらと付いていくような女の子たちが、でも、女の子だというだけで氷河の側にいられる。そんな女の子たちにさえ妬みを感じてしまう自分が、たまらなくみじめに思えた。 |