その時の俺の気持ちを、どう言ったらいいんだろう。 沢渡の庶子、私生児という呼び名は、生まれた時からずっと俺につきまとっていた。反発を覚えながらも俺は、事実は事実だから仕方がないと思っていた。社会が俺を認めないのなら、いっそ社会の偏見通り、庶子らしいひねくれた生き方をしてやった方がいいのかもしれないとまで考え始めていた。 だがお袋は――折橋早雪さんは――俺がそんなことを気にしていないんだと思い込むほどに、俺の出自を意識していなかった。 そうだ。俺も昔はそう思っていた。母親が妾だろうと、父親の認知がなかろうと、それがどうだっていうんだ、俺は俺じゃないか、と。 早雪さんは、子供の頃、俺が世間に求めていたように、俺が沢渡家の庶子だということに何の偏見も持たず、俺を俺として、一人の個人として見ていてくれたんだ。 俺は急に自分の心臓がものすごい速さで波打ち始めたのを自覚した。 彼女は俺のお袋だ。お袋を女として見るなんてことには躊躇いがある。 だけど――彼女以外に、今の高生加基臣を一人の人間として認めてくれる女性は、多分この日本にはいない。ドイツの友人たちのように、知らないから偏見を持たないのではなく、彼女は俺の出自を知っていても気にかけなかったんだ。 彼女がいてくれれば、彼女が俺を支えていてくれれば、俺はきっと沢渡家の庶子という呪縛から逃れられる。一個の個人として尊厳を持ち、堂々と胸を張って自分の進むべき道、進みたい道を歩んでいくことができる。 俺の知っている親父の姿が幻でなかったのなら、多分、高生加基臣の成功と勝利は、折橋早雪という一人の女に出会うところから始まったんだ。親父は、あの勇ましくて潔い、ちょっとドジな折橋早雪に恋をしたから、そして彼女に愛されたから、人生の全ての苦難に打ち勝つ力を手に入れることができたんだ。 そんな彼女を他の男の手に渡すことなど、到底耐えられない。 彼女を俺のものに――俺だけのものにしたい。俺が生きていくためには、彼女が、どうしても必要なんだ。 その思いは、もう止めようがなかった。 高生加氷河の母という、彼女の未来を思い起こしても。 |