早雪は可愛かった。 お嬢様育ちで、二千平米はあるお屋敷から、その二十分の一にも満たない小さな家に移ったというのに愚痴一つ言わず、部屋の掃除だの炊事だの、それまでしたこともないのだろう家事も、いつも楽しそうにこなしてくれた。 真っ直ぐで素直な目で俺を見、俺に絶対の信頼を寄せてくれた。ちょっとばかりドジなところもないではなかったが、それもご愛嬌といった程度で、俺に慰められると、早雪はひどく嬉しそうに微笑を返してよこした。 半年間の婚約期間中にすっかり早雪の素直さと優しさに心を奪われていた俺は、早雪を妻として迎え入れた夜、躊躇いもなく、むしろ抑え難い激情をもって早雪をこの腕に抱いた。早雪が俺の――高生加氷河の母親だということよりも、早雪が愛しくてならないという気持ちの方がはるかに強かった。 早雪は本当に可愛かった。必死で俺にしがみついてくる細い腕や、破瓜の痛みをこらえて流す涙や、苦痛を俺に悟られまいとして無理に浮かべる微笑。肉体的な痛みや快感よりも、どこかもっと違う次元で、早雪は俺に抱かれることに歓喜していたように思う。もちろん、大した日数を経ないうちに、早雪の歓喜は肉体のそれをも取り込んだ完全なものへと変化していったが。 早雪は俺を幸福にしてくれた。以前の卑屈な感情や自暴自棄な考えは、すっかり鳴りをひそめ、俺の中には少しずつ一人の人間としての自信と尊厳が戻り始めていた。仕事の方も驚くほど順調で、会社はどんどん増資を繰り返し、社内での俺の地位も上がっていった。 その全てが早雪のおかげだったと、俺は信じている。 俺は瞬のことをほとんど思い出さなくなっていた。瞬を求めることは早雪への裏切りだと思う心が、俺の思い出を厚いベールで覆っていたのかもしれない。 |