瞬が高生加基臣以外の誰かを思っているっていうんなら、俺はいったい何のために親父になりたいと願ったんだ!? 俺は、瞬の心を、身体を、俺のものにしたくて、そうできると信じて親父になりたいと願ったんだぞ。それなのに――それなのに、瞬の心の中には親父以外の誰かが住んでいるというのか!? それじゃあ、いったい、俺の過ごしてきた長い時間はどうなる? 瞬を俺のものにできると信じて生きてきたこの数十年は! 多分その時の俺は、怒りに支配された、ただの雄だった。 瞬の服を剥ぎ取り、その肩をソファに押しつけ、乱暴に瞬の身体を開かせた。目を刺すように白い瞬の身体を灯りの下にさらけださせ、自分の重みで抑えつけて、狂ったようにその全身を唇で犯した。 高生加基臣に生まれ変わることまでしてなお、俺のものにできない心なら、身体だけは全てを支配してやると、俺の中の高生加氷河が咆哮していた。 「あっ…あ…ああっ」 俺の下で、瞬が、苦痛を訴える叫びとも喘ぎともつかない声を洩らす。その滑らかな肌を傷だらけにしてやりたいと考えるほど、俺はどうしようもない怒りに支配されていた。 力任せにその脚を掴み、むしゃぶりつくように歯を立て、舌で嫐り、そのたびに身体をよじる瞬を殴りつけるようにしてソファの上に押し戻した。 「ああ……う…あ…っ」 そんなひどい扱いを受けているというのに、瞬は拒絶の声さえあげない。逆に、その白い腕を俺に絡めようとさえしてくる。 俺はその腕を振り払い、自分の手を瞬の内腿に伸ばしていった。 「誰だ?」 腰を浮かしかけた瞬の身体を自分の腰で抑えつけ、俺は、まるで咎めるように瞬に尋ねた。 「おまえは、俺を誰の代わりにしている…!?」 目をきつく閉じたまま、瞬は答える代わりに俺の背に腕をまわしてきた。そして、切なさに身悶えながら、瞬がうわ言のように言った言葉――。 「氷河……なんで…? もっと僕を…」 その先は、更に熱い喘ぎの中に消えていった。だが、俺の耳には、はっきりと瞬の口にした名が残っていた。 それは、昔の俺の名だった。 刹那、俺は、嗜虐的な一匹の雄から、高生加氷河へと変貌したんだ。 両腕を瞬の脇について、その顔を戸惑いながら見おろす。 瞬は、俺を氷河と思おうとして、堅く目を閉じたまま、喘ぎを押し殺そうと努めていた。 俺は、そして、生まれて初めて――二度生まれて初めて、瞬の心を知ったんだ。 瞬が親父を求めたその訳。女を取っ替え引っ替えしていた俺を、哀しそうに見詰めていた瞬の瞳の色。そして、俺がどれほど瞬を傷付けていたのか――。 俺は、高生加基臣に生まれ変わる必要なんかなかったんだ。 瞬は、我儘で他人を思いやることも知らず、一人でやけを起こして荒れていた俺を、それでもいつも見ていてくれたのに。それなのに俺は、自分が親父に敵うはずがないと一人で決めつけて、一人でいじけて、拗ねて、瞬を悲しませてばかりいた――。 俺はいったい、どうやって瞬に償えばいいんだろう。どうすれば、瞬は俺を許してくれるんだろう。 償うことは、だが、永遠にできないということを、俺は知っていた。今の俺は、高生加氷河ではないのだから。 「瞬…」 俺は、重い――重すぎる悔恨と共に、初めて優しく瞬に口付けをした。 目を閉じたままの瞬が、嬉しそうに口許をほころばせる。 こんな代役のキスで、こんなにも幸せそうに瞬を微笑ませてしまうほど、俺は瞬を傷付けていたんだ。 俺は、痛々しいほど俺に傷付けられた瞬の身体を抱きしめた。弱々しく、だが、必死に応えてくる瞬が、俺は哀れでならなかった。 その時、俺は、俺の中の高生加氷河と決別したんだと思う。 俺は、高生加基臣として、瞬を愛し始めていた。 高生加基臣として瞬を愛し、瞬を自分のものにした。 |