クルーゼの助言へのニコルの応答は、クルーゼにとっては思いがけないものだった。

「卑屈に見えますか、僕」
そう、彼は答えたのだ。

臆病者と蔑まれて、何も言い返さない。
それが卑屈でなくて何だというのだろう。
クルーゼには、それが、何か含むところがあっての無反応だとは考えられなかった。
ニコルは、成人しているとはいえ、実質15の子供である。
知能や運動神経はともかく、決定的に人間としての経験に欠けているはず──だった。

そして、子供は忍耐というものを知らない。
根拠のないプライドばかりが高く、侮辱に怒り、単純で、真に自分を偽ることができない。
戦うには──戦わせるには、好都合な生き物だった。コーディネーターの“子供”は。


「僕、卑屈にしているつもりはないんです。誰かを自分より劣ったものと思うことで、自分自身に価値を見い出そうとする人間もいるでしょうし、自分の感情を誰かにぶつけることで、自分自身を保とうとする人もいるでしょう。でも、僕は、そういう人間をみんな愛しいと思うし──みんな、生きるために必死なんだな……って思うだけです」

暗に、ニコルは、他人を軽侮したり、制御しきれない感情をぶつけてくる仲間たちは、自分に甘えているのだと言っていた。
その事実に気付いていながら、仲間たちを許し、そして、彼は、そんな仲間たちを憎むことも嫌うこともできない──しない──と言っているのだ。

クルーゼは、なぜか、そんなニコルの微笑に、僅かな苛立ちを覚えた。

子供はもっと愚かでいるべきである。
否、彼は、いずれ切り捨てることになる手駒には愚かでいてほしかった。

彼は、そして、ほんの少し自身を偽ることを忘れて、有徳の上官らしくない皮肉を込めて、ニコルに尋ねた。
「自分を見下す相手を憎むこともなく、嫌いもしないというのは、その相手に対して執着心がないということだ。それは──愛してもいないということなのではないかな」

「そんなことはありません。僕は、彼等のことがとても好きですし──」
冷静沈着が売りのクルーゼの、思いがけない反駁に困ったように、ニコルが眉根を寄せる。
「どうして、みんな、そんなに激情的なんでしょう……。そんなふうに、まるで憎んでるみたいに激しい感情だけが愛ではないでしょう?」


「では、君の言う愛とはどういうものなんだ?」

ニコルは、クルーゼの問いに言葉では答えずに、その瞳と唇で、ほのかな微笑を作った。

「…………」
クルーゼは、邪気のない──幼くさえ見える──彼の笑みに、一瞬気を飲まれ、そして、そんな自分に内心で舌打ちをしたのである。






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