ナキアの披露目式が終わって数ヵ月が過ぎた。はっきりした四季の区別のないエリドゥの都に、それでも一年で最も暑い季節――夏――がやってくる。 第六【エルール】の月の月例祭も無事に済んだ頃、エリドゥの神殿王宮に一人の王の訪問があった。 ウル、ラルサ、ウルク、ラガシュ等二十以上あるエリドゥの服属都市国の中で最も西に位置するキシュの都の王が、バーニの信任書を得るためにやってきたのである。 諸都市の王は、忠誠誓約の確認のため年に一度のエリドゥ訪問を義務づけられている。が、キシュ王は何かと理由を設けては既に三度もエリドゥ訪問を怠っていた。そのキシュ王が四年振りにエリドゥの都にやってくるとあって、神殿内の官吏たちはぴりぴりと神経をとがらせていた。キシュ王は、この平和な国土では本来不要なはずの軍隊を養っているという情報がエリドゥに届いていたせいもある。 「四年もシュメールの歌を聞かずにいると、権力を持った者は何を考え始めるかわからない」 苦々しげなウスルの呟きを聞きながら、六人のシュメールは品定めに挑むような気持ちで、キシュ王を出迎えた。 武装した兵を数十人従えて、彼は神殿王宮の正面門に続く大階段を悠然とのぼってきた。紫と灰色の混じった夕暮れの空に、一行の姿が禍々しいほど黒く浮かびあがっている。 「陛下に会わせる前に一曲必要そうだな」 六人の意見は、言葉にしなくても一致していた。 キシュ王ルーガル・シブは、少々恰幅が良すぎるきらいはあったが、頑健そうな体躯をした壮年の男だった。闇のように黒い総髪の王は、神殿の入口に揃い立ったシュメールたちを眺め、何処か下卑た薄笑いをその目元に浮かべた。 「これほどお美しい御一行にお迎えいただけるとは光栄ですな。やはり、どのような無理をしてでも、年毎の信任式には参上すべきでした。このように美しい方々を拝見できれば、病も私の上から立ち去っていたでしょうに」 病など得たこともなさそうな逞しい王の白々しい弁解を聞かされて、ナキアは顔をしかめたくなるのを我慢するのに苦労した。 「イルラ殿、ウスル殿、ナイド殿には四年前の信任式でご尊顔を拝しましたが、こちらのお三方は…」 「あ、初めまして。僕、ナディンと申します。三年前にイナンナ神座のシュメールに選ばれました」 「で、こちらがウトゥ神座のアルディで、その隣りにおりますのが、先日ニンフルサグ神座のシュメールに選ばれましたナキアです。我等が国土【キ・エン・ギ】始まって以来の少女のシュメールです」 嫌そうに口をつぐんでいるアルディに代わって、イルラが、アルディとナキアをキシュ王に紹介する。 「ああ。噂はキシュにも届いております。それにしても…」 キシュ王が、ナディン、アルディ、ナキアの順に巡らせた視線を、すぐにナディンの上に戻す。舌なめずりをしていないのがいっそ不自然なほど、彼の目は獲物を発見した狐に似ていた。 「ナイド殿の披露目式では、辺りを圧するほどの高貴さに圧倒されましたが、こちらはまた可憐な白菫のようだ。つい手折りたくなりますな。まことにエリドゥには美しい男子が多い」 「……」 これにはナキアとアルディだけでなく、イルラやウスルまでが耐えられなかったらしい。それでも二人は控えめに眉をひそめるだけだったが。 当の本人のナディンは不快どころではなく恐くなったのか、微かに後ずさってナイドの手に指を絡めている。 ナイドに至っては、キシュ王の視線から庇うようにナディンの肩を抱え込み、そのまま無言でキシュ王に背を向けた。そして、ためらうナディンを急きたてて、さっさと神殿の内に向かって歩きだしてしまったのである。 その場を取り繕うのはイルラの役目だった。 「で…では、キシュ王ルーガル・シブ殿。神殿内へどうぞ。本日は用意しました部屋で旅の疲れを癒してください。お付きの方々は西の庭の奥にある宿舎を使っていただきます。信任式は明日正午より神域にて執り行いますが、朝の宣誓式にもご出席いただきたい」 「心得ておりますよ」 自分の言動がシュメールたちの気分を害してしまったということがわかっているのかいないのか、キシュ王は鷹揚に笑って頷いた。 |