「月例祭では十万からの群衆の意識に働きかけ、しかもそれに成功してるんだ。二万ぽっちの兵くらい、あいつらにはどうってことないよ、ナディン」
「ん……そうだよね…」
 西の地平に向かって駆けていく三騎を大階段の上から見送りながら、ナイドは心配顔のナディンの肩に手を置き、抑揚のない声で言った。ナイドの言葉に同意するというよりは、自分自身に言いきかせるように、ナディンが頷き返す。
 強い陽光と土埃の中を疾駆する三人のシュメールの影は、すぐに黄褐色の砂塵の向こうに消えていってしまった。
 傍らに立つナディンを気遣わしげに見おろしているナイドの横顔を見ていると、ナイドがキシュ王を操っていると考えたのは全くの邪推だったような気もしてくる。少なくともキシュ軍の侵攻阻止に同行し損ねたことを計画外と思っている様子はナイドにはなかった。
 ナキアは少し後悔し始めていたのである。 確たる根拠もない自分の当て推量のせいで、まだ幼いアルディを危地に向かわせてしまったことを。何か予想外の突発事故が起きてしまった時、無鉄砲なアルディよりは活殺自在の才のあるナイドの方が、よほど上手く危険を回避できるだろうことは、火を見るより明らかではないか。これで本当によかったのかと、ナキアは今更ながらに思い悩んだ。
 そんなナキアに、ナディンがにこりと微笑いかけてくる。さすがに、いつもよりは力無い笑みだったが。
「ナキアさん、イルラたちにあんなことおっしゃってましたけど、ほんとは僕が心細がらないように、ナイドを残すよう言ってくださったんでしょう? ごめんなさい」
「……」
 ナディンは仲間の厚意を信じきっている。このナディンを妬む自分の醜さに、ナキアは嫌悪を覚えた。吐き気がした。
 自分が楽になるためには、ナディンの誤解を解けばいいのだということはわかっている。自分の醜さをナディンの前にさらけだしてしまえば、どれほど清々するだろう。だが、ナキアにはそうすることはできなかった。
 自分のナディンへの厚意を否定し、自分に向けられるナディンの好意を拒否したら、ナディンは驚き、そして悲しむだろう。そんなことができるはずがないではないか。
『優しさも度が過ぎれば鞭になる』
 以前、笑いながら自分が言った言葉を、ナキアは身を切られるような痛みと共に思いだした。






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