グラード財団総帥のバースディパーティーは、非常に盛大かつ華やかなものだった。 会場は城戸邸の大ホール。 ホテルを借りずに個人宅で催されるパーティーなので、招待客は、おそらくはかなり厳選された100名ほどだけなのだが、その大半は 世事に疎い星矢でもどこかで見たことのある人物たちばかりだった。 「あのおっさん、テレビか何かで見たことある」 と星矢がぼやけば、 「○○社の会長だ」 「△△グループの名誉ファウンダー」 「◇◇の社長」 「米国の□□から引き抜かれた▽▽社のCEO」 と、紫龍の口から、星矢でも知っている世界的企業の名が次々に出てくる。 それは、要するに、日本経済界の重鎮を集めた会合だった。 そういう人物たちがスワローテールを身にまとい、イブニングドレスで着飾った夫人を伴って、城戸沙織という一人の少女のために集っているのである。 警備のために庭に立ち 会場を眺めている青銅聖闘士たちの視線の先で、彼等の女神は、誕生日の祝辞を受ける時も、難しそうな仕事の話を交わしている時も、常に口許の笑みを絶やすことがない。 中には眉をしかめたくなるような話題もあるだろうに、徹底して笑顔で来客たちの相手を務めている沙織に、星矢は心底から感嘆していた。 「んでも、沙織さん、こんなふうに誕生日を祝われて嬉しいのかなー」 「まあ、半分は義務、残りの半分は実益のための財界人たちのお付き合いというところだろう。彼等を招くだけの力があると誇示することで、沙織さんは、現在の社会的地位をキープし、更に高めることもできるわけだ。俺たちのため、聖域のためでもあるだろう。聖域は税金で成り立っているわけじゃないからな」 「普通のお誕生会とは違うよなー」 このパーティー会場に、純粋に沙織の誕生日を祝うためにやってきた者は ただの一人もいないのだろう。 それでも、このイベントの名目はグラード財団総帥の誕生祝いなのである。 そういう光景を目の当たりにすることになった星矢が、 「誕生日のお祝いって、何のためにするもんなんだ?」 という素朴な疑問を抱くことになったのは、ごく自然なことだったかもしれない。 そして、星矢の素朴な疑問に、瞬は咄嗟に答えることができなかったのである。 「普通のバースディパーティーの方が楽しいと思うけどなー。星の子学園で月いちでやってるみたいなさ、もっとこう、アットホームで、庶民の俺たちも気軽に混じれて、ケーキ囲んで、ハッピーバースディ歌うようなやつ。どうだ、瞬、やってみねーか?」 そんなことを言い出したところを見ると、星矢が欲していたのは『誕生日を祝うことの意味や目的』ではなく、『楽しいバースディパーティー』そのものだったらしい。 ほっと小さく吐息して、瞬は星矢の計画に頷き返した。 「12月までなら、まだ間もあるし、準備期間はたっぷりあるね」 「なんで12月なんだよ?」 「え?」 星矢が不思議そうな顔をして、瞬に尋ねてくる。 星矢のその顔を見て、瞬は――瞬もまた――同じ表情を質問者に返すことになったのである。 なにしろ、 「だって、星矢の誕生日は12月1日でしょ」 ――だったのだ。 瞬の答えを聞いた途端、星矢が大々的にその顔を歪める。 そうしてから、星矢は、まるで30分以内に届くはずだったピザをオーダーから3時間後に受け取ることになった人間のような声で、瞬を怒鳴りつけてきた。 「12月まで待ってたら、俺は腹が減って死んじまうだろ! おまえのだよ、おまえの!」 「おなかが減って……って……」 そう言われて初めて、瞬は、星矢が沙織のパーティーの様子を眺めて詰まらなそうな顔をしていた真の理由がわかったような気がしたのである。 今夜の沙織のバースディパーティーは立食パーティーの形式をとっていた。 城戸邸の厨房に常勤している調理師たちだけでなく、某有名フレンチレストランのシェフやら、某五つ星ホテルでパーティーの企画演出をしている企業の差配人やらを招いて準備した料理が、テーブルの上には宝石店のディスプレイのように きらきらしく飾られている。 が、このパーティーの招待客たちは そのほとんどがそれらの料理を食することなく、飲み物を飲んで歓談(商談)ばかりをしているのだ。 それが、星矢には腹の底から気に入らないことだったらしい。 「星矢、ご馳走が食べたいだけなの」 「誕生日のパーティーの目的ってそれだろ。他に何かあんのか?」 「……」 人が誕生日を祝う理由とは何なのか。 星矢がその質問に対する仲間の答えを待つことをしなかったのは、彼が既にその答えに行き着いていたからのようだった。 真顔で反問してくる星矢に、瞬はがっくりと両の肩を落とすことになったのである。 星矢の理屈でいくと、バースディパーティーは、デザートバイキングや大食い競争と同義のイベントということになってしまうではないか。 そんなはずはない――と、瞬は思った。 あるいは瞬は、そうであってほしくないだけだったのかもしれない。 パーティーを催して 自分の誕生日を祝ったり祝われたりした経験が これまで一度もなかった瞬は、バースディパーティーなるイベントに 夢や憧憬に似た思いを抱いていたのだ。 星矢が提唱する“誕生日の目的”に諸手をあげて賛同する気になれなかったのは、瞬だけではなかったらしい。 何のトラブルもなく 至って和やかに進行していく華やかなパーティーに完全に無関心の 「おまえの食欲を 「 氷河の言うことなど聞こえていないふうを装い、星矢が虚空に向かって話しかける。 星矢の白々しく嫌味たらしい独り言に、氷河はむっとした顔になった。 「 「それを決めるのは瞬だからな」 星矢にそう言われた氷河と、氷河にそう言った星矢と、そして紫龍が、一斉に視線を瞬の上に集中させる。 仲間たちの視線の集中砲火を受けて、だが、瞬は曖昧に笑っただけだった。 なにしろ瞬は、自分の兄が『誕生日のパーティーをするから来てくれ』と言われて、ほいほいやってくるような男ではないことを知っていたのだ。 それは瞬が“決める”以前の問題、決めたところで何がどうなるわけでもない問題なのである。 「一輝自身のバースディパーティーなら、招待状を出したところで奴が来るはずもないが、おまえのバースディパーティーなら、一輝だって飛んでくるだろう」 瞬の気落ちを察した紫龍が、既に半年以上の長きに渡って兄に会えずにいる弟を慰める。 瞬は、それにも微かな笑みを浮かべただけだった。 「どっちにしても、兄さん、今どこにいるかわからないから……」 「招待したくても、招待状の送り先がわかんねーか」 「元気でいるって知らせてくれるだけでもいいんだけどね……会えなくても」 「……」 10トントラックが突っ込んできても 平気でそれを吹き飛ばし、40度の高熱があっても我が身の発熱に気付かぬような あの一輝が、捻挫をして歩けなくなったり 風邪を引いて寝込んでいるような事態を、瞬は心配しているのだろうか。だとしたら、それは無意味な心配だ――と、瞬の仲間たちは胸中では思っていたのである。 兄の身を案じる瞬の気持ちを無下に排斥するわけにはいかないので、もちろん彼等はその考えを言葉にすることはしなかったが。 「瞬のためのパーティーだというのなら、俺も協力しないでもない」 氷河が突然そんなことを言い出したのは、瞬が兄のせいで意気消沈する様を見せられてしまったから――だったかもしれない。 氷河が、一輝なしでも楽しいバースディパーティーを催せることを証明しようとして そんなことを言い出したのか、単に、瞬の気持ちを鼓舞するために そんなことを言い出したのかは わからないが、ともかく、彼は星矢の企画への協力を申し出てきたのである。 「まあ、俺には、“邪魔をしない”程度の協力しかできないだろうがな」 という但し文つきだったが。 「瞬が迷惑でないのなら、俺ももちろん」 紫龍が、こちらは氷河とは異なり、おそらくは、ただ、兄の不在にしおれている瞬の心を励まし力付けることを意図して――星矢の計画に賛意を示してくる。 (瞬の)誕生日を祝う理由は何なのか。 胸中に抱いている“理由”と“目的”はそれぞれのようだったが、ともかく そういう経緯で、その夜、星矢の企画立案による瞬のバースディパーティーの開催が決まり、星矢を餓死させないために自分の名前を提供することを、瞬は承知したのだった。 |