目一杯ミルクを飲んで腹をぽんぽんに膨らませたヒョウガとイッキは、瞬の足元に丸まって眠り込んでいた。 瞬は、一人掛けのソファで、『猫を甘やかさずに育てる方法』なる本を真剣に読んでいる。 久方振りに瞬とゆっくり話をすることができるかと、氷河は、猫たちを目覚めさせないよう注意しながら、瞬の掛けているソファに近付いていった。 「瞬」 瞬の名を呼び、その肩に手を置く。 瞬が目を通していた本から顔をあげるのと、氷河の接近に気付いたヒョウガが自分と同じ名の持ち主に飛びかかるのが、ほぼ同時だった。 「ふぎゃみゃおみゃおぎゃーっ !! 」 「うわ……!」 「ひょ……氷河! だめ、ヒョウガ、離れてっ!」 氷河が慌てふためかなかったのは、不幸中の幸いだったろう。 4本の足を精一杯駆使して氷河の顔にへばりつき、自分の保護者を外敵から守ろうと体を張っていた猫のヒョウガは、その外敵がまるで動こうとしないのは 外敵が自分に降参したからなのだと判断したらしく、早々に氷河の顔への攻撃を中止したのだ。 瞬の膝にぴょんと飛び移り、まるで、ご褒美でも期待しているかのように、ヒョウガが尻尾とヒゲをピンと立てる。 「ミー」 「ミーじゃないの! 僕は人に怪我させるような子は嫌いだよ!」 「ミィ……」 「そんな声を出しても駄目なの! 兄さんを見習いなさい。兄さんはちゃんと大人しく……」 「……していると思っているのか、瞬?」 「え…… !? 」 ヒョウガを叱りつけていた瞬が、氷河の声に視線を巡らせる。 瞬の視界に映ったのは、氷河の肩から腕に四肢の爪を駆使して へばりつき、一生懸命 彼の耳を齧っているイッキの姿だった。 『 瞬は真っ青になって、イッキを叱りつけた。 「兄さん! そんなことすると、もう僕のベッドに入れてあげませんよ!」 「ミャオーン」 まるで瞬の言っている言葉の意味が理解できているかのように、イッキは素早く氷河の肩から飛びおり、媚びるように瞬の足にまとわりつき始めた。 「たく、もう! 氷河、ごめんね。痛かった?」 「別に」 何か非常に気分の悪くなる話を聞いたような気がする。 氷河はまた、5メートルの安全距離を保った場所にあるソファにふてくさった態度で腰をおろした。 ひゅるるるる〜と、冷たい空気の流れが音を立てて城戸邸を包む。 城戸邸と外界との気温差は、35度に広がった。 猫のヒョウガが拾われてきてから後の1週間、極寒の地・城戸邸に神の救いの手はもはや差しのべられることはないかのように思われた。 ――のだが。 人間はそれでも――神の救いの手が期待できないなら期待できないなりに――窮状に活路を見い出す生き物であるらしい。 その日、自室で毛布にくるまり 熱い烏龍茶をすすっていた紫龍は、ぶるっと身震いをした弾みに素晴らしい対応策を思いつき、突然ガタンと音を立てて椅子から立ちあがった。 「俺としたことが、脳みそまで凍りついていたとしか思えん!」 紫龍は活路を見い出したのである。 彼はすぐさま、自室を、そして城戸邸を飛び出した。 (拾ってくるべきは、ヒョウガではなくシュンだったんだ!) ──大層立派な活路ではあった。 |