さて、気を取り直して、1時間後。
瞬は てってこ氷河の部屋に赴き、そして、そこで、ちょうど氷河の部屋から出てきた紫龍に出会うことになったのである。
どうやら氷河が『一人でいたい』と言っていた“しばらく”は過ぎ去ったものらしい。
瞬は安堵の息を洩らして、笑顔を作った。
「紫龍! 氷河の一人でいたいの、もう終わったの? よかった!」
紫龍の返事を待たず、瞬は張り切って氷河の部屋の中に入ろうとした。
が、途端に、瞬は紫龍に がしっと腕を掴みあげられ、入室を阻まれてしまったのである。
紫龍の阻止と ほぼ同タイミングで、氷河の怒鳴り声が部屋の中から響いてくる。
「紫龍! 瞬を中に入れるなっ !! 」
「──だそうだ」
紫龍が気の毒そうな目をして、瞬に告げる。
そして、彼は瞬の目の前で、そのまま氷河の部屋のドアを閉じてしまった。
事の次第が理解できず、瞬は目を見はってしまったのである。

「ど……どうして、紫龍はよくて、僕は駄目なの !? 」
瞬の疑念――むしろ非難――は当然のものである。
自分の背後霊に会うのを他人に止めだてされるなど、理に適ったことではない。
「おまえだから 駄目なんだ」
それでも 紫龍は譲らない。
瞬は紫龍の脇を抜け、無理に室内に押し入ろうとした。
そこに、駄目押しとばかりに再び 氷河の険しい声が響いてくる。
「紫龍、絶対に瞬を入れるなよっ!」
その声の鋭さに、瞬は びくっと身体を震わせてしまったのである。

「氷河……」
いったい氷河は どんなつもりで そんなことを言っているのか。
信じられない展開に呆然としてしまった瞬と 氷河の部屋のドアの間に立ちはだかった紫龍が、気遣わしげに、なだめるように瞬の肩を押し戻そうとした。
「まあ、四六時中 おまえに まとわりついているのは、おまえの迷惑になるのではないかと、氷河も やっと、普通の人間が普通に考えることを考えられるようになったんだろう」
「な……なんで、そんなこと……!」
今更 氷河にそんな普通の考えを抱かれても困るのである。
氷河につきまとわれている状態に、瞬は今ではすっかり慣れてしまっていた。

「紫龍っ! この大ボラ吹きのトンチキ野郎がっ! 勝手に話を作るな!」
ドアの向こうから、再々度 氷河の怒声が響いてくる。
瞬は紫龍を脇に押しやって、氷河の部屋のドアを叩き、室内の氷河に訴えた。
「氷河! 氷河ってば、どーしたの! なんでこんなことするの!」
瞬とて聖闘士のはしくれ、そうしようと思えば、こんなドアの一枚や二枚、叩き破ることも蹴破ることも簡単にできるのである。
瞬があえてそれをしなかったのは、彼が、城戸邸住人の一人として、住宅破損の罪をよしとすることができなかったから。
そして、無理に室内に押し入るのではなく、あくまでも 氷河に迎え入れてもらうことこそが、瞬の望みだったから――だった。
だというのに、氷河は、瞬の望みを叶えてはくれなかった。
代わりに 瞬が手に入れることができたのは、
「紫龍っ! さっさと瞬をどこかに連れていけっ !! 」
という、氷河の冷たい言葉だけだったのである。


ここまで徹底的に氷河に拒絶された経験が皆無だった瞬は、氷河の声の鋭さと 氷河の言葉の冷たさに、思わず身体を硬直させてしまった。
紫龍が、その瞬の腕を掴み、ドアの前から引き戻す。
瞬は、涙を頬に零さないために、それでなくても大きな瞳を更に大きく見開いて、紫龍を見上げ、見詰めた。
「紫龍。紫龍は、なんで氷河がこんなことするのか知ってるの? なんで? どうしてなの?」
すがる思いで瞬は紫龍に尋ねたのだが、紫龍は申し訳なさそうに、左右に首を振るばかりである。
「俺もよくわからん。とにかく氷河は、1週間ほどおまえに会いたくないんだそうだ」
「い……いっしゅうかん……?」

いったい氷河の中に、どんな心境の変化が生じたというのだろう。
瞬は くらりと激しい目眩いに襲われて、紫龍の腕にすがりついた。
「大丈夫か、瞬?」
『大丈夫』と答えたくても、喉が痛くて声が出てこない。
今の瞬にできることはただ、ふらふらと身体を ふらつかせながら、それでも なんとか自分の足で自室に戻ることだけだった。






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