ところで、なにしろ、とにかく、これまでがこれまでだっただけに、瞬には 氷河と離れて過ごす時間が つらくて仕様がなかった。
氷河の岩戸ごもり突入3日目には、瞬は早くも限界に達してしまったのである。
氷河の身が心配でならなかった瞬は、そうして、ついに非常手段に訴えることを決意した。
非常手段というのは 他でもない。
これまで 城戸邸の住人の一人として、良識ある人間の一人として、あえて避けていた建造物等損壊罪と住居不法侵入罪の断行――である。
たとえ氷河の部屋のドアを叩き壊すことになろうとも、瞬は氷河に会わずにはいられなかったのだ。
そして、彼の無事な姿を見たかったのである。

基本的に慎重な性格であるがゆえに、一度 意を決すると、もう逡巡はない。
瞬の行動は迅速かつ果敢だった。
その日、瞬は夜も明けぬうちから氷河の部屋に出向いて、小宇宙を燃やし、少々 小さめの可愛らしいネビュラストームでそのドアの破壊を試みたのである。
だが、氷河の部屋のドアはびくともせず、代わりにドアの向こうで微かに水蒸気の立ちのぼる音がするばかり。
(氷河ってば、内側から部屋のドアを凍結させてるの !? )

一輝の弟、氷河の恋人という、人間の尊厳を放棄したような立場を二つも抱えている瞬は、『人の振り見て、我が振り直せ』の格言に深く親しんでいる人間だった。
その二人の言動に身近で接しているがゆえに、瞬は 並以上の良識を持ちあわせていた。
たかがドア1枚を破るために城戸邸を全壊させるわけにはいかないという、実に健全な判断を為した瞬は、氷河の部屋のドア(だけ)の破壊を諦めると、それで落胆することもなく、粛々と次の作戦にとりかかった。
自室に戻り、自室のベランダから氷河の部屋のベランダヘと飛び移る。
ドアが駄目ならベランダがある。
瞬の思考と判断力は、極めて合理的かつ論理的だった。
ベランダと室内を隔てる開き戸には、防弾と防音を兼ねた強化ガラスが嵌められていたが、それが氷河の小宇宙によって作られた氷のバリケードより強固なはずもない。
1枚のガラスと1枚のカーテンを隔てた向こうに、氷河がいる。
その2つを取り除けば氷河に会えるのである。
瞬は一瞬たりとも躊躇を覚えなかった。
小宇宙を燃やした指先で軽く撫でただけで、対戦車榴弾も通さない強化ガラスは鈍い音を立てて あっさりと砕け散った。

これで やっと氷河に会える──と、瞬が息をついた時、しかし、瞬は突然 何者かの攻撃を その身に受けることになったのである。
『何者か』というのは他でもない、瞬が一目会いたいと一途に思い詰めていた氷河その人。
瞬の手によって破壊されたガラスの砕ける音で、氷河は 瞬の侵入に気付いたらしい。
彼は、それこそ光速の動きでもって、ビロードのカーテンを引き裂き、そのカーテンで瞬の全身を覆うようにして瞬の視界を奪い、そうしてから 瞬の鳩尾みぞおちに拳を打ち込んできた。

「瞬、すまん……!」
薄れていく意識の中で、瞬は、氷河の声を聞いたような気がしたのだが、その声が氷河のものだということを──自分にこんな暴力を振るったのが氷河だということを──認めるのが恐ろしくて、瞬の自己防衛本能は その謝罪の声を聞かなかったことにしてしまったのだった。






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