聖域での戦いで、瞬の懸念は現実のものとなった。
アテナを奉じる青銅聖闘士たちと、教皇の命に従う黄金聖闘士たちの戦い。
その戦いの中の ある一幕、ある一場。
天秤宮において、瞬は師の手によって氷の棺に閉じ込められた氷河の姿を発見することになってしまったのである。
氷河の命がまだ続いていることを知らされると、それまで呆然と棺の前に立ち尽くし、氷の中の半死人より白い頬をしていた瞬は、細く長い吐息を洩らして全身の緊張を解いた。
そして、ゆっくりと手を伸ばし、その指先で氷の棺に触れる。
「きっとカミュって、氷河のことを とても愛していたんだね。でも、ちょっと見切りが早くて、諦めがよすぎる、おっちょこちょいの人みたい。こんなに急いで生きることから氷河をリタイアさせるなんて、過保護すぎるよ」
「瞬」

仮にも、相手は黄金聖闘士である。
一応 紫龍は瞬を たしなめた。
黄金聖闘士だろうが何だろうが瞬に勝てる人間など この世には存在するまい――と内心では思っていたのだが、この十二宮、どこで誰が聞き耳を立てているか わかったものではない。
先達は先達として立てておいた方が、後々何かと都合がいい――不都合が起きない――に決まっているのだ。

紫髄がライブラの聖衣を用いて氷の棺を両断すると、それが当然のことであるかのように、瞬は、後を引き受けると紫龍たちに告げてきた。
「大丈夫なのか?」
紫龍に問われた瞬が、微かな――だが、間違いなく 笑みといっていい表情を作り、仲間たちに頷いてくる。
「ちょうどいい。僕は――僕は、愛を捨てて死に赴くことが戦いなのではなく、愛のために死を乗り越えることこそが戦いなのだと、氷河に教えてあげるよ」
「俺たちはいない方がいいか。わかった。俺たちは先に行く」
「うん」

水瓶座の黄金聖闘士の凍気に犯された氷河の蘇生がそう簡単にできるとは思わなかったが、紫龍には瞬の意思を妨げることはできなかった。
ただ漠然と、いったいこれほど強く英明な瞬が氷河のどこにそんなに惹かれているのかと、紫龍は不思議な思いに捉われてしまったのである。
察して、瞬が言う。
「僕がこんなに好きなんだから、本当は強いに決まってるよ、氷河も」
「おまえがそう言うなら、そうなんだろう」
瞬なら失敗はしないだろう。
強い人間は、彼が愛する人間をも 強い存在にすることができるに違いない。

そして、その時 紫龍はふと、もしかしたら 瞬には 聖衣などという飾りは不要のものなのかもしれない――と 思ったのである。
瞬の強さは、聖衣や小宇宙などというものたちとは 全く次元の違うところにある――と。

瞬と氷河をその場に残し、紫龍は星矢と共に天秤宮を後にした。
瞬は、その目的を確実に 果たしたようだった。






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