瞬ちゃんは、真っ白くて広大なシベリアに住む、銀色の小さな子供のきつねです。 お母さんやお兄さんは猟師さんに殺されて、たった一人で生きているのです。 ある日、瞬ちゃんは、瞬ちゃんが住んでいる森の向こうの丘の方にまで、お散歩に出掛けました。 その丘の上には、丸木でできた小さな小屋があって、その小屋のお部屋の窓辺にはいつもバラの花が一輪飾ってあるのです。 瞬ちゃんは、綺麗なそのお花を窓から覗くために、時々その小屋のある丘までお出掛けすることにしていたのでした。 ところが! なんということでしょう。 その日、瞬ちゃんがいつものように丘の上の小屋に出掛けていくと、小屋の入口の前に、瞬ちゃんの大好きなバラの花が置いてあったのです。 それも一輪だけじゃなくって、何十本も。 「わあ、きれーい」 瞬ちゃんは間近で見る綺麗なお花に感激して、歓声をあげました。 バラの花は、とてもいい匂いがしました。 花びらは、つやつやのビロードのようなピンク色。 瞬ちゃんはうっとりして、そのバラの花束を、両手でふんわりと包むように抱きしめてみました。 こんなに綺麗なお花が、どうしてちゃんと飾られず、こんなところに置かれているのでしょう。 瞬ちゃんは不思議に思いながら、そのバラの花束を抱え、よちよち森の方に歩きだしました(“たたたたたっ”でなく“よちよち”になってしまったのは、瞬ちゃんがバラの花束を両手で抱えていたので、後ろ足だけで歩かなければならなかったからです)。 瞬ちゃんは森のお家に帰ると、早速 お部屋の中にお花を飾ってみました。 お家の中がバラの香りでいっぱいになり、お部屋は、文字通り、花が咲いたように明るくなりました。 シベリアの雪原や森では見ることのできない綺麗なバラの花。 瞬ちゃんは、それからしばらくの間、素敵なお部屋で素敵な時間を過ごすことができたのです。 それから一週間も経った頃。 瞬ちゃんはしばらく振りに森を出て、丘の上の小屋の方に出掛けていきました。 この前拾ったお花が、段々元気がなくなってドライフラワーのようになってきたので、また新しいお花が落ちていないかな? と思って、出掛けていったのです。 辺りに人影がないことを確かめて、雪の上をちょこちょこ小屋の方に歩いていくと、突然小屋のドアが開き、金色の髪をした男の子が、瞬ちゃんの方にものすごい勢いで走ってきました。 「この泥棒ぎつねーっ! マーマにあげるはずだったバラの花、返せーっ !! 」 瞬ちゃんはびっくり仰天。 何が何だかわからないまま、とにかくその男の子の形相が恐くって、氷の上を滑る北風より速く森の中に逃げ込んだのです。 そして、安全なところまで逃げてから、瞬ちゃんは、はあはあ息をつきながら、考えたのでした。 多分、あの綺麗なバラの花束は、マーマという人にあげるために、あの男の子が準備していたものだったのでしょう。 そのマーマという人は、あの男の子のとっても大事な人で、その人のものになるはずだったバラの花束を取ってしまった瞬ちゃんに、あの男の子はとっても腹を立てているのでしょう。 瞬ちゃんはただ、小屋の前にあったバラの花束があんまり綺麗だったので、ついふらふらと手にとってしまっただけだったのですが。 人の物を盗もうなんて考えたわけではなかったのですが。 「どうしよう、どうしよう。僕、どろぼうぎつねになっちゃった……!」 バラの花を返そうにも、瞬ちゃんのお家の中で、あのバラはすっかりドライフラワーになってしまっています。 瞬ちゃんは大慌てしてしまいました。 瞬ちゃんはずっと前、まだお母さんが生きていた頃、『いい子にしてないと、猟師さんが来るよ』と言われたことを、ちゃんと憶えていました。 猟師さんが来るとどういうことが起こるのかも、瞬ちゃんはちゃんと知っていました。 悲しくて悲しくて、死んでしまった方がましなくらい悲しいことが起こるのです。 あんな思いをするのは、瞬ちゃんはもうまっぴらでした。 いい子でなくなってしまったのなら、いい子に戻れるよう頑張らなければなりません。 瞬ちゃんは、あの金髪の男の子へのお詫びの方法を、一生懸命考えました。 三日三晩うーんうーんと考えて、瞬ちゃんはお詫びの方法を決めました。 もらってしまったバラの花と同じバラをシベリアの雪原で見付けることはできませんから、代わりのものをあの男の子にプレゼントしようと、瞬ちゃんは思ったのです。 氷の下に隠れている松ぼっくりとか、どんぐりとか、そんなふうなものを探して、あの男の子にプレゼントしたら、あの男の子も少しは機嫌を直してくれるかもしれません。 瞬ちゃんは早速翌日から、森の奥でどんぐりや松ぼっくりを探し始めました。 シベリアの雪はカチンカチンに凍っていますし、その下にある土だって、冷たいシャーベットみたいなものです。 どんぐりを探しているうちに、手はかじかんでくるし、爪は痛くなってくるしで、瞬ちゃんはとっても大変でした。 でも、苦労の甲斐あって、その日、瞬ちゃんは、どんぐりを9個と松ぼっくりを2個も見付けることができたのです。 瞬ちゃんは早速それを持って丘の上の小屋に行き、あの男の子に見付からないよう、そっと入口の前に置いて帰ってきました。 次の日も、そのまた次の日も、瞬ちゃんは、どんぐりや松ぼっくりや、時には氷づけになったお花や、偶然見付けた綺麗な小石を、男の子の許に届け続けたのです。 冷たく凍った雪原の下を探しまわるのは大変でしたが、他に友達のいない瞬ちゃんは、まるでお友達のために宝探しをしているようで、なんだか毎日が楽しく感じられて仕方がなかったのでした。 |