瞬ちゃんがあの男の子にプレゼントを贈り始めて半月も経った頃。
いつものようにどんぐりを抱え、辺りに人気のないことを確認して、瞬ちゃんが丘の上の小屋に近付いていった時。
突然、丘の上の方から、瞬ちゃんめがけて、松ぼっくりがものすごい勢いで飛んできたのです。
松ぼっくりは、瞬ちゃんの頭にガツンと命中し、ころころと瞬ちゃんの足許に転がりました。
瞬ちゃんはあまりの痛さに、手にしていたどんぐりを辺りに散らばして、松ぼっくりの命中したところを手で押さえました。
痛いの痛くないのって、ものすごい痛さです。
瞬ちゃんは、松ぼっくりの当たった頭のてっぺんを両手で押さえ、その場にしゃがみこんで、きゃんきゃん泣き出してしまったのです。

泣いているうちに、大きなパチンコを持ったあの男の子が、瞬ちゃんの方に駆けてくる姿が、涙でぼやけた冬景色の中に入ってくるのに、瞬ちゃんは気付きました。
泣きながら、瞬ちゃんは、きっと僕はあの男の子に殺されてしまうんだ──と、思ったのです。
ずっと以前、人間の大人の猟師さんが瞬ちゃんのお母さんを鉄砲で撃った時、
『これは見事な毛皮だ。いいコートが作れるぞ』
と言って、動かなくなったお母さんを運んでいくのを、瞬ちゃんは雪溜りの陰でぶるぶる震えながら見ていたのです。
瞬ちゃんはまだうんと小さい子供のきつねですが、ポシェットくらいなら作れるでしょう。
自分はあの男の子のポシェットにされてしまうんだと思うと、瞬ちゃんは恐くて悲しくなってしまいました。

けれど──。
どうせ瞬ちゃんは今だって一人きりなのです。
いっそあの男の子のポシェットになってしまった方が、いつもあの男の子と一緒にいられて寂しくないかもしれません。
どっちにしろ、瞬ちゃんは足がすくんで逃げ出せそうにありませんでしたから、頭を両手でかかえたまま、その場にぺたんと座りこんだままでいたのでした。
そうしているうちに、男の子は、瞬ちゃんのすぐそばまでやってきました。
頭をかかえている瞬ちゃんの周りに、自分がぶつけた松ぼっくり以外にたくさんのどんぐりが転がっているのを見て、男の子は言いました。
「毎日どんぐりや松ぼっくりを持ってきてくれてたのは、おまえだったのか……」

男の子は、誰が持ってきてくれるのかは知らないけれど、これできっといつかあの泥棒ぎつねをやっつけてやる! と決意して、毎日パチンコの練習をしていたのです。
(悪いことしちゃったな……)
男の子は、申し訳ない気分になって、きゃんきゃん泣いている瞬ちゃんを、両手で抱きかかえました。
瞬ちゃんは、男の子の腕の中で、いよいよ恐くなって丸くなっていったのです。
ポシェットになった自分の姿を想像すると、瞬ちゃんの瞳には また新しい涙が盛りあがってきました。

けれど。
その男の子は、どうやらポシェットはあんまり欲しくなかったらしいのです。
男の子は、瞬ちゃんを小屋の中に連れていくと、暖炉のそばに瞬ちゃんを坐らせて、そして、ミルクを飲ませてくれました。
瞬ちゃんは、最初はこわごわそのミルクの皿を見詰めているだけだったのですが、いっぺんペロリとそのミルクを舐めてみたら、それが、赤ちゃんの頃飲んだお母さんのおっぱいと同じ味。
瞬ちゃんは、あんまり懐かしかったので、恐いのも忘れてペロペロペロペロ。
あっと言う間に、お皿のミルクを全部飲んでしまったのでした。

ところで、瞬ちゃんは“一宿一飯の恩”というものをちゃんと知っていました。
おなかいっぱいになった瞬ちゃんは、
(僕、やっぱり、この子のポシェットになってもいいや……)
と考えて、覚悟を決め、男の子を見あげたのでした。
でも、その男の子は、瞬ちゃんを殺そうとはしませんでした。
男の子は、瞬ちゃんに、とても優しくしてくれました。
男の子は、瞬ちゃんに“ポチ”という名前をつけて、毎日一緒に遊んだり、一緒に眠ったりしてくれたのです。

(僕が、ポシェットじゃなくて、ベストになれるくらいまで大きくなるのを待つことにしたのかな?)
時々瞬ちゃんは、男の子とじゃれ合いながら、そう考えました。
(ベストもいいけど、お布団になってあげるのもいいかな……)
男の子と一緒に同じベッドで眠る時には、そんなことも考えました。
けれど、男の子は、いつまで経っても瞬ちゃんの毛皮を取ろうとはしません。
男の子の大事なマーマという人は、海の底にいるらしく、大抵男の子は一人きりでした。
瞬ちゃんと男の子は、一人ぽっち同士、段々仲良くなっていったのです。

男の子の名前は、氷河といいました。
氷河と瞬ちゃんは、それからしばらく、とても仲良く暮らしていたのですが、ある日、大変なことが起こりました。
氷河が、何だかよくわからない言葉を話す大人たちに、突然どこかへ連れ去られていってしまったのです。
どうして急に氷河がいなくなってしまったのかわからない瞬ちゃんは、丘の上の一小屋の前にぽつんと坐って、氷河の帰ってきてくれるのをじっと待っていたのですが、いつまで経っても氷河は帰ってぎてくれません。
瞬ちゃんは寂しくて、氷河のことが心配で、けれど、何もできない自分が悲しくて、泣き出してしまいそうでした。

(氷河はどこに行っちゃったの。どーして帰ってきてくれないの。僕がいつまでも小さくて、お布団が作れないからなの。僕がどろぼうぎつねだから、嫌いになっちゃったの……)
瞬ちゃんは、どうすれば氷河が帰ってきてくれるのか、一生懸命考えました。
そうしているうちに、瞬ちゃんは、大事なことを思い出したのです。
瞬ちゃんが氷河とお友達になることができたのは、氷河に松ぼっくりやどんぐりのプレゼントをしたからでした。
もう一度、この前の時よりたくさん木の実を集めれば、氷河はまた瞬ちゃんのお友達になってくれるかもしれません。
そう思いついたその日から毎日、瞬ちゃんは朝早くから夜遅くまで森でどんぐり探しを始めたのです。
一生懸命──ほんとに一生懸命、瞬ちゃんはどんぐりを探し、集め続けました。

瞬ちゃんの心が、氷河に通じたのでしょうか。
瞬ちゃんの集めたどんぐりが山盛りになって、テーブルの上に載らなくなった頃、氷河は瞬ちゃんのところに帰ってきてくれたのです。
「ポチーっ! 元気だったかーっ !! 」
雪原を一直線に、瞬ちゃんのいる丘の上の小屋まで駆けてきた氷河は、ドアの前で氷河を待っている瞬ちゃんを見付けると、瞬ちゃんに驚いたり喜んだりする暇も与えずに、瞬ちゃんを抱きあげ、抱きしめてくれました。
氷河に抱きしめてもらった瞬ちゃんは、これまで一人ぽっちで寂しかった分、氷河の温かさが嬉しくて、氷河にしっかりしがみつき、こんこん泣いてしまったのでした。
その夜、瞬ちゃんは、久し振りに氷河と一緒のベッドで眠ることができたのです。

氷河は、『聖闘士になる訓練を受けるために、シベリアに戻ってきた』とか何とか、訳のわからないことを言って、瞬ちゃんの首をかしげさせました。
氷河が言うには、“聖闘士”というのは、悪い人をやっつける正義の味方のことなのだそうです。
瞬ちゃんは、
(氷河はきっと恐い猟師さんをやっつける人になるんだ……)
と思い、ふさふさの尻尾を振って、氷河を励ましてあげました。

氷河は、そんな瞬ちゃんの頭を優しく撫でながら言いました。
「俺さ、日本に行って、そこでおまえそっくりの奴に会ったんだ。ほんとにそっくりだったぞ。遠くにいる時はいつも小首をかしげて俺を見てて、近くにいる時は、大きくてころんとした丸い目で、上目使いに俺を見あげるんだ」
『こん?』
瞬ちゃんは最初は、氷河の言っている“瞬ちゃんそっくりの奴”というのは他のきつねかネコのことなのだろうと思っていたのですが、毎日氷河から話を聞かされているうちに、それが実は人間の小さな男の子のことらしいとわかってきたのです。
そして、不思議なことに、瞬ちゃんそっくりの男の予の名前も“瞬”というらしいのです。
瞬ちゃんは、『僕と同じ名前だ!』と、氷河に言いたかったのですが、残念ながら『こんこん』としか言えなくて、ちょっと悔しい思いをしました。

けれどまあ、とにかく瞬ちゃんはまた氷河と二人で暮らせるようになったのです。
一生懸命集めたどんぐりの山を氷河に誉めてもらって、瞬ちゃんはとても幸せでした。
ですが、平和な時は最初のうちだけでした。
しばらくすると氷河は、聖闘士になるための特訓だと言って、変ちくりんなことを始めたのです。
白くまさんをいじめたり、いじめられたり、氷を割ったり、作ったり。
何が楽しくて氷河がそんなことをするのか、瞬ちゃんには全然わかりませんでした。

氷河が傷だらけのぼろぼろになっても、瞬ちゃんは雪の丘にちょこんと坐って、氷河を見守ってあげることしかできませんでした。
ただ、くたくたに疲れきってベッドに倒れ込む氷河のお布団に潜り込んで、氷河を温めてあげることしか。
氷河が毎日変な特訓をして、あんまり瞬ちゃんと遊んでくれなくなったのは ちょっと悲しかったのですが、それでも瞬ちゃんは幸せでした。
一人ぽっちで氷河の帰りを待っていた頃に較べたら、ずっとまし。
毎日氷河を見ていられるし、氷河が怪我をしたら、その傷を舐めてあげることもできるのです。
氷河も、どんなに疲れている時でも瞬ちゃんを見るとすぐに元気を取り戻してくれました。

瞬ちゃんは知らなかったのです。
氷河が、瞬ちゃんを通して、誰を見ているのか。
瞬ちゃんが一生懸命励ましてあげているから、氷河はどんなに つらくても挫けずに頑張ってくれているのだと、瞬ちゃんは思っていました。
(僕と氷河は、親友なんだもん!)
瞬ちゃんは、そう信じていたのです。






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