聖闘士になって日本に戻ってきた瞬は、そこで懐かしい面々と再会することになった。
幼い頃の面影を残しつつ、6年分だけ大人になった仲間たち。
中でも白鳥座の聖闘士になって帰ってきた氷河に再会したとき、瞬は息を飲んだ。
瞬のファーストキスを盗んでいったあの人に、氷河の面差しが酷似していたのだ。
もちろん年齢は10歳ほども違うし、姿形はそっくりでもその表情は、あの人とは対極にあると言っても過言ではなく違っていたのだが。

包み込むように優しいあの人とは対照的に、氷河はいつも何かに挑むように冷たく燃えるような目をしていた。
そして、彼は瞬の兄を憎んでいた。
瞬が殺生谷で兄を失った時も、星矢や紫龍は瞬を慰めてくれたのに、氷河だけは瞬の姿など見えていないかのように背を向けるばかりだった。
だが、それでも瞬は構わなかったのである。
それは、慰められて消えるような単純な悲しみではなかったから。
星矢たちの前では強がってみせても、自室に戻ると涙に暮れる日々を、瞬は送っていた。

「泣かないでくれ、もう……」
彼が三たび瞬の前に現れたのは、そんな夜、瞬が殺生谷で兄を亡くしてから数日後の寒い夜だった。
枯れることを知らないかのような瞬の涙を見兼ねてやってきた――そんな顔をして、彼は瞬のベッドサイドの椅子に腰を降ろし、ベッドにうつ伏せになって泣いている瞬の髪に手を伸ばしてきた。
まるで天から降ってきたかのように唐突な彼の出現に、瞬はもう驚きもしなかった。

「あなた、僕が泣いている時にばかり来る……」
「そうだな」
呟くように言って、瞬の枕元に移動すると、彼は瞬の肩を抱き寄せた。
「おまえが一人で泣いているのが嫌なんだ。俺以外の誰かのために」
彼の胸に顔を埋め、瞬は左右に首を振った。
「人が泣くのは、いつだって自分のためだよ。兄さんを失って一人ぽっちになった自分が悲しいの」
「おまえは違う。おまえは、自分のための泣き方など知らない奴だ」
「違わないよ」
「違う」
「……」

この優しく強い人なら、目の前でみっともなく泣きわめく子どもを、嫌悪も醜さも感じずに大きな力で受けとめてくれるに違いない。
そう感じた時にはもう、瞬は嗚咽を耐えることができなくなっていた。
仲間たちの前では取り乱すことができず胸中に溜めていたものが、堰を切ったように逆巻き流れ出る。
しかし、案の定、彼はその表情に戸惑いのかけらも表さなかった。
だから、瞬は安心して兄のために泣くことができたのである。
彼がどこの誰なのかということは、もうどうでもよかった。

「兄さんはまだ、自分の生を生きていなかった。僕のせいで、他人のせいで、悲しみのせいで、憎しみのせいで、自分の思う通りに生きてられた時間なんて一瞬だってなかった。そして、僕のために死んでいった……」
少し落ち着くと、瞬は彼の膝に頬をのせて、ぽつりぽつりと話し始めた。
それは愚痴だったのかもしれない。
彼は慰めらしい慰めも口にせず、ただ瞬の髪を撫でている。
瞬はそろそろ泣き疲れていた。

「ね、あなた、誰」
「分からないかい?」
「僕の作った幻じゃあないの?」
「似たようなものかな。俺はおまえがいるから存在できているし、おまえのためだけに存在しているんだよ」
「氷河にね、ちょっと似てるかな――って思ったことあるんだ。氷河のお兄さんか叔父さんかなって」
「そうか」
「でも、よく見ると全然違う。言葉使いもちょっと違うし……氷河はもっと険しい目をしてるの。いつも睨むみたいに僕を見る」
「奴は……不器用だから――」

髪を撫で、頬に触れる彼の手が心地良い。
「氷河を知ってるの?」
瞬の問いに、彼が答えたのか答えてくれなかったのか、瞬は憶えていない。
彼の手の心地良さに誘われるように、いつのまにか瞬は眠りに落ちていたから。






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