瞬王子と氷河姫のヘラクレス王国到着当日はそんなふうに終わったのです。
瞬王子がヘラクレス国にやって来たのは、けれど、氷河姫の美醜を云々するためではありません。
氷河姫に××してもらって旅の疲れを癒した瞬王子は(瞬王子はそれで疲れがとれるのでした)、翌朝、今日こそはドクラテス王に国境の軍を退いてもらわなければと、ドクラテス王に詰め寄りました。
ところが、ドクラテス王の返事は、
「王子がこの城にいる限り、これ以上の進攻はさせない。安心するがいい」
という、わけのわからないもの。
いったいドクラテス王の狙いは何なのでしょう。
チューリップ王国の王子を人質にとること?
でも、それでドクラテス王に何の得があるというのでしょう。
瞬王子はドクラテス王の真意がわからなくて、困惑してしまったのです。


「ところで、瞬王子」
「はい」
軍を退くことになると言を左右するドクラテス王に招かれた昼食会。
そこでも、ドクラテス王の関心は専ら氷河姫に向けられていました。
「氷河姫はなぜ改宗しなかったのか」
「え? あ……あの……」
瞬王子は、ドクラテス王にそう尋ねられて真っ赤になってしまいました。
それには、瞬王子の頬を真っ赤に染めるような、とても深い訳があったのです。

「あの……僕達、神の御前で永遠の愛を誓う前に、その……」
「ああ、わかる。既成事実が成立したわけだ」
「あ、はい。ですから、僕は、姫を伴って我が国の領土に入って最初に見付かった教会で、大急ぎで神への誓いを済ませてしまったのです。神父様は、突然のことにひどく驚かれたようで、氷河姫の宗派を確認することもなさらなくて」
「それは、正式の結婚とは言えないのではないか」
「え?」

ドクラテス王の言葉は、これまで瞬王子が考えたこともないようなものでした。
「そんなことはありません。神の御前で永遠の愛を誓ったのです。僕も氷河姫も」
「しかし、法王はそれを認めるかな」
「許可証はいただきました」
「法王は、しっかりと経緯を吟味しなかったのではないか?」
「……」
たとえそうだったとしても。
たとえそうだったとしても、神の御前での誓約が無効なはずがありません。
瞬王子には、ドクラテス王が何故そんなことを言いだしたのかがまるでわかりませんでした。

「ああ、王子の亡き母君は、前神聖ローマ帝国皇帝の姫君なのだったな。現皇帝には未だに後継者はいないし、もしかすると将来、瞬王子か瞬王子の兄上が神聖ローマ帝国の皇帝に選出されないとも限らない。法王庁も万一のことを考えて、王子の国と問題を起こすことを避けようとしたということか……」
氷河姫との神聖なる愛の誓いを政治的配慮と勘繰られて、瞬王子はなんだか悲しい気持ちになりました。
たとえドクラテス王の言う通りだったとしても、自分と氷河姫の間にある愛に変わりのないことはわかっていましたが、周囲にそんな目で見られてしまったら、氷河姫の清らかな愛情が汚されるような気がしたのです。

けれど、氷河姫にしてみれば、自分の愛情がどーでもいい人間にどう思われているかということよりも、異教徒だということを理由に瞬王子との婚姻を無効とされてしまうことの方が、より重大な問題でした。
なので、氷河姫は、護衛の立場からは逸脱した行為だとは思いましたが、昼餐の席についている瞬王子の脇から、つい口をはさんでしまったのです。
「妃殿下には改宗のお気持ちがおありのようです」
「なに?」

幸い、ドクラテス王は護衛の者の無礼を咎めるようなことはしませんでした。
「瞬王子、そうなのか……?」
「あ……はい」
「そうか……」
瞬王子に氷河姫改宗の件を確認すると、何故かドクラテス王はがっかりしたように肩を落としてしまったのでした。






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