ドクラテス王を屈服させるほどの脅しのネタ。 それについて、氷河姫には、まるっきり当てがないわけでもありませんでした。 ドクラテス王は、いい歳をして独身です。 瞬王子に王族の義務をどうこう言うくせに、ドクラテス王こそが王位継承者を作るという王族最大の義務を果たしていないのです。 (それこそ異教徒の女でも囲ってるんじゃないのか……?) ──と、これが氷河姫の“当て”。 異教徒だということを盾にして、氷河姫と瞬王子の婚姻無効を言い立てるつもりのドクラテス王に対してなら、それは十二分に威力のある脅迫のネタになるでしょう。 そう考えた氷河姫は、一晩中ドクラテス王の寝室を見張っていたのです。 可愛い瞬王子をベッドに一人残して見張っていただけの成果はありました。 明け方近くになって、ドクラテス王の寝室から挙動不審の男が一人出てきたのです。 もっとも氷河姫は最初は、その男が超強力な脅迫ネタだとは思ってもいませんでした。 ですが、ドクラテス王と似たり寄ったりのご立派な体格のその男は、到底政治向き密談の相手になりえるタイプの男には見えません。 人目を避けるように夜の廊下に消えていった男の後姿を、氷河姫は奇異の目で見送ったのです。 不審に思った氷河姫は、早速翌日お城の女官をたらし込んで、ドクラテス王の秘密を聞き出すことに成功しました。 一見 超二枚目な騎士様の氷河姫にぽーっとなった女官たちは、すっかり口が軽くなり、言ってはいけない秘密をぺらぺらと氷河姫に話してくれたのです。 そうして探り出した、ドクラテス王の驚くべき秘密。 それは、ドクラテス王には同性愛趣味があるということでした。 まあそれ自体は大して珍しいことではありませんが、その先があるのです。 以下、氷河姫にぽーっとなった女官の言葉の再現テープ。 「あのね。男同士でも、男の役割と女の役割があるでしょう。どうやら陛下はその女の役の方らしいの。だから、陛下ご自身は結婚なさらずに、カシオス姫を誰かと結婚させたがっているのよ。なんたって、王国には後継ぎが必要だもの」 「……」 かなり気持ち悪い事実ですが、この秘密は、まさに負けなしのジョーカーのカード。 切り札を手に入れた氷河姫は、早速その足でドクラテス王の許へと向かったのでした。 ドクラテス王は、さすがにもののわかった立派な国王でした。 氷河姫の脅迫の意味と意義とを即座に悟ったのです。 そんなことが衆人に知れることがあったら、それが法王庁の知るところとなったら、法王は、これを幸いとばかりにドクラテス王を破門して、王位も領土も軍隊もドクラテス王から奪い取ってしまうでしょう。 破門された国王の命令に、従う者などいるはずがありません。 それは死後の地獄堕ちを意味しているのですから。 チューリップ王国などとは比べ物にならないほど、広大なヘラクレス王国の領地と強力な軍隊。 法王庁は、喉から手が出るくらい、それが欲しいに決まっています。 確たる証拠がなくても、法王庁は嬉々としてドクラテス王の破門を宣言するに決まっていました。 「いや、しかし、俺も驚いたぜ。勇猛果敢で名を馳せたヘラクレス王国の国王がホモで、しかも受け! とはね。異教徒との結婚どころではない。法王庁に知れたら、即刻破門だな」 嫌味〜な氷河姫の言い様に、ドクラテス王は顔面を蒼白にしながらも、大きく取り乱すことなく、それでも少々引きつった声で言いました。 「何が望みだ」 その一言を言わせることができさえすれば、もう氷河姫は勝ったも同然です。 「さすがは大国の王、飲み込みが早い」 ドクラテス王の物わかりの良さに満足し、氷河姫は、彼の“望み”を王に告げたのでした。 「即刻国境の兵を引き揚げさせ、バケモノ姫の婿にはもっと訳のわかった独身男を捜せ。瞬は……殿下は氷河姫を心から愛しているんだ」 ドクラテス王に そう告げる氷河姫の瞳は、真実の愛を手にする者の幸福感と誇りに輝いていましたとも。 |