とまあ、めでたく根回しの済んだ翌日の謁見の間。
そこで、瞬王子はドクラテス王とカシオス姫に、王子の身分を捨てる決意を告げました。
カシオス姫はびっくりです。
それだけならまだしも、
「瞬王子がそこまで言うのなら仕方ない。カシオス姫との婚儀は諦めよう」
という兄王の言葉に二度びっくり。

「おにーさま!」
『いつかおまえに可愛い王子様を見付けてやるからな』といつも言ってくれていた兄王が、ついに見付けてくれた可愛い王子様。
その王子様がとても気に入っていたカシオス姫の口調は、約束を たがえたドクラテス王を非難しているようでした。
けれど、ドクラテス王にはドクラテス王の都合があったのです。
その“都合”は、不細工ながらも清らかな心の持ち主である妹姫には、とても正直に打ち明けることなどできない不都合でした。

「ここまで他の女に腑抜けにされている王子の許に嫁いでも、おまえは幸せにはなれまい。おまえにはもっと良い男を探してやる」
「そんな〜」
カシオス姫の『ふしゅらしゅら〜』も、今日ばかりは風船から空気が抜けていくようでした。
「馬鹿げてるぞ。異教徒の大女ひとりのために一国の王子の地位を捨てるなんて。冷静に考えたら、どっちが得かは子供にだってわかりそうなもんだ……!」

一度は捕まえたと思っていた可愛い王子様に逃げられてしまったのですから、カシオス姫が恨み言を言いたくなる気持ちもわからないではありません。
しかし、ドクラテス王の方はひやひやハラハラ。
彼は、それ以上食い下がるなと、内心冷や汗をかいていました。
ドクラテス王の急転直下の豹変ぶりを、訝り驚きつつも喜んでいた瞬王子は、カシオス姫のその言葉を聞くと、とても悲しそうな顔になりました。
「カシオス姫。僕は初めてあなたにお会いした時、あなたを、僕の氷河姫に勝るとも劣らないほど美しい人だと思いました」
「へっ」

瞬王子の突然の告白は、その場にいた全ての人を――ドクラテス王も、氷河姫も、ヘラクレス国の廷臣たちも――びっくり仰天させました。
いちばん驚いたのは、カシオス姫――いえ、やはり、氷河姫だったでしょう。
まさか、瞬王子は本当に悪趣味なのか? と、それは、氷河姫には脳天をハンマーで殴りつけられたようなショックだったのです。

「あなたはとても澄んだ瞳をしてらした。だから、心をこめてお願いすれば、きっとあなたは僕の気持ちをわかってくださるに違いないと考えて、僕はあなたにお願いに行ったんです。兄上を説得してほしいと」
カシオス姫を見詰める瞬王子の眼差しは、本当に、見詰められているカシオス姫の息も止まってしまいそうなほど悲しそうでした。

「なのに、あなたは、僕の母の血がどうだの、神聖ローマ帝国の帝位がどうだのと、くだらないことに捉われていらした」
「……」
「氷河姫は僕が王子の地位を放棄しても、僕についてくれると言ってくれまし――ついてきてくれるでしょう。僕の氷河姫はあなたよりずっとずっと美しい心を持っています。人間にとって何がいちばん大切なのかをちゃんと知っていてくれる、本当に素晴らしい人なんです。たとえこの先何があったとしても、僕の妻は氷河姫だけです! 僕の氷河姫はあなたの何千倍も美しい心を持っています !! 」
「……」
ここまで言われてしまうと、嘘つきで、大酒飲みで、スキ者で、卑怯で、根回し大得意な談合屋の氷河姫としても、さすがにちょっと背中がむずむずしてきます。
いえ、もちろん、瞬王子の誤解は、氷河姫にはとても嬉しいものだったのですけれど。
大人しそうで礼儀正しく可愛らしい王子様と思っていた瞬王子の、愛と確信に満ちた断言に圧倒されているようだったカシオス姫が、しばらくしてから、ぽつりと眩きました。
「いいなあ、氷河姫は……。不細工な大女のくせに、瞬王子にそんなに愛されてるなんて……」






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