そういう経緯で、ドクラテス王は、即刻両国の国境から自国の軍を退くように命令を出し、ヘラクレス王国はチューリップ王国とこれからも従前と同様の友好関係を保つことを、瞬王子に約束してくれました。 最初はどうなるかと思った外交交渉も、終わってみれば ほんの数日間のこと。 瞬王子は、何もかもがこんなふうにスムーズに運んだのは、氷河姫の愛あればこそだと思っていましたし、氷河姫は瞬王子の愛あればこそだと思っていました。 まあ、どちらの認識も完全な誤りというわけではありません。 そうして、勝ち取った平和をお土産に、瞬王子と氷河姫がチューリップ王国に帰る日。 ヘラクレス城の跳ね橋の前まで、ドクラテス王とカシオス姫が、瞬王子と氷河姫のお見送りに出てきてくれました。 ドクラテス王に辞去の挨拶を終えた瞬王子に、カシオス姫は、頭をかきかき言ったのです。 「悪かったな、瞬王子。俺は器量が悪いから、この顔で 俺を好きになってくれと頼んだって、誰も俺を好きになってくれるはずがないと思っていたから、だから、あんな言い方しかできなかったんだ……」 「カシオス姫……」 カシオス姫も本当は清らかな心を持っていたのでしょう。 ただ、自分があまり美しくないから、素直になれなかっただけだったのかもしれません。 瞬王子は、カシオス姫の気持ちを知って、後悔の気持ちでいっぱいになりました。 「僕の方こそひどいことを言いました。許してください。やっぱり、カシオス姫は僕の氷河姫と同じように美しい心の持ち主なんですね。カシオス姫のように素晴らしい姫君には、きっといつか僕なんかよりずっと素敵な王子様が現れますよ。カシオス姫の美しい心をわかってくれる、優しくて立派な王子様が」 果たしてそううまくいくかどうか、そこのところは神のみぞ知る。 悲しいことに、カシオス姫は、瞬王子よりは現実というものを知っていました。 でも、カシオス姫は、瞬王子の言葉に、素直に『ふしゅらしゅら〜』と感涙したのです。 カシオス姫は、本当に素直な心の持ち主でした。 「そのうち、氷河姫に会いに行く。俺は、瞬王子にそこまで愛されてる氷河姫に会ってみたい」 「カシオス姫……」 カシオス姫にそう言われて、瞬王子はちくりと胸に痛みを感じました。 こんなに素直で清らかな姫君を騙していたくない──瞬王子はそう思ったのです。 「姫。氷河姫」 ですから、瞬王子は、自分の横で馬の様子を見ていた氷河姫を呼び、そして、氷河姫を氷河姫としてカシオス姫に紹介したのでした。 「僕の氷河姫です。騙しててごめんなさい。僕たち、一日だって離れていられなかったの」 「ふん。まあ、気を落とすなよ。貴様にもそのうちいい男が見付かるさ」 氷河姫のあまりの男らしさ、あまりにぞんざいな物言い、あまりにふてぶてしい態度に、カシオス姫は自分の見かけの男らしさも忘れ、あっけにとられてしまったのです。 「ひ……氷河姫? これが?」 可憐な瞬王子に熱愛されている氷河姫。 カシオス姫は、氷河姫が大女で醜女という噂は聞いていましたが、粗野で乱暴だという話は聞いていませんでした。 「さようなら、カシオス姫。今度はぜひ姫が僕の国にいらしてくださいね」 幾度も名残り惜しそうに振り返りながらヘラクレス城から遠ざかっていく二人の後姿を見送りながら、 「……俺の方がずっと女らしいぜ」 と、カシオス姫はひとりごちたのです。 噂以上にものすごい氷河姫の真実の姿を知ったカシオス姫の胸には、今 ふつふつと大きな自信が湧き起こってきていました。 もしかしたら本当に、自分はいつか白馬の王子様に巡り合うことができるかもしれない──カシオス姫は、氷河姫の粗雑さと幸運に、生きる希望を見い出すことができたのでした。 |