結局、瞬は変わらなかった。
その日以降、氷河は、瞬が母親ではなく恋人であるが故に、瞬にこれまで以上の苛立ちを覚えながら日々を過ごすことになったのである。
「おまえは俺を愛しているのか」
「はい」
「どれくらいだ」
「愛に際限はありません」
「俺の望むことはみな叶えてくれるのか」
「……」

ロボットが言葉をためらう。
「瞬」
そのためらいに少しばかりの期待を乗せて答えを求めた氷河に、しかし返ってきたのは全く喜べない許諾だった。
「はい、もちろんです」
「じゃあ、俺の側に来い」
氷河の苛立ちは、瞬の素直な返答のせいでいや増した。
「はい」
「俺にキスをしろと言ったら、おまえはそうするのか」
「氷河が望むなら」
「ふん。じゃあ望んでやろう」
「あ……」

瞬は、また、僅かな躊躇を見せた。
しかし、それも一瞬のこと。
おずおずと、瞬はその唇を氷河に寄せてきた。
到底“ロボット”のそれとも思えないやわらかな唇が氷河の頬に触れる。
瞬のキスに、氷河はしばしあっけにとられた。
「これがおまえのキスか」
「あ……あの……」
「唇に」
「は……はい」

瞬の頬は、これ以上ないくらい朱の色に染まっている。
しかし、瞬は氷河の命令に従ってみせた。
唇が、唇に重なる。
重なっただけ。
氷河は、瞬が自分の命令に従うのも、従ったあげくの子供じみたキスにも苛立ち、瞬の細い首筋を掴みあげ押さえつけ、その唇に噛みつくようなキスをした。
戸惑った瞬の反応は、しかし、やはり子供のそれである。

「完璧な恋人にしては、ガキだな」
「……」
蔑むように言われて、瞬が俯く。
しかし、瞬はすぐに顔をあげて、氷河にきっぱりと宣言した。
「教えてくだされば、すぐに覚えてみせます!」
「そんな真似ができるか」
「……」
瞬が、また深く項垂れる。
氷河は嗜虐的な快感を覚え始めていた。
彼が苛んでいるのは、瞬であり、そして、自分自身でもあった。

「おまえに、おまえの意思はないのか」
「氷河の意思が僕の意思です」
「俺がおまえと寝たいといったら、おまえはどうするんだ」
瞬がまたためらう。
しかし、その答えは、キスを求められた時よりも数秒早く返ってきた。
もちろん、その答えは、
「……氷河が望むなら」
――である。

「そして、俺は何も知らないガキの相手をさせられるのか」
「……」
「感じろと言わなければ感じないんだろう、おまえは。喘げと言わなければ喘ぎさえしない」
「……」
「馬鹿馬鹿しい。ベッドの中で、俺はおまえに命じなければならないのか。俺を愛していると俺に言えと」
「……」
「そんな奴を相手にして何が楽しい」
「……」

ロボットがその瞳から零す雫は、いったい何でできているのだろう。
水と、ほんのわずかのナトリウム――なのだろうか。
「ごめんなさい……」
瞬の涙は、宝石のようにきらめいて、冷たい床に飛び散った。






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