どうして自分がこんなにも苛立つのか、氷河には納得がいかなかった。
そもそも最初からロボットだとわかっていたものが――自分の意思を持たないものだとわかっていたものが――その通りの存在だったからと言って、何を苛立つことがあるだろう。
(瞬が中途半端に……意思みたいなものを感じさせるから……)
時折り感じられる瞬の意思“のようなもの”が、いちいち氷河の感情と意思を快く刺激する。
それが、氷河に淡い期待と錯覚をもたらすのだ。

しかし、その期待と錯覚は、次の瞬間、いつも必ず失望に変わる。
その期待を与えてくれた瞬の、
『氷河が望むなら』
の一言によって。
その軽い失望の積み重ねはやがて絶望になり、その絶望は、氷河の中に『瞬の裏切り』として認識されるようになっていった。

自分は、勝手に瞬に期待をし、勝手に裏切られたと思い込んでいるだけなのだ――という認識はあった。
あったのだが、認識することと、それを受け入れることは全くの別物である。
否、氷河は受け入れたくなかったのだ。
瞬が、自分とは違うものなのだという、動かし難い事実を。


「量を過ごすのは身体によくありません」
「俺が飲みたいんだ。おまえはそれでも止めるのか」
「止めてはいけませんか」
「いけませんね」
手にしていたグラスをこれみよがしに宙に差し上げて、氷河は瞬に絡むような口調で言った。
リビングの横に儲けられたバーのテーブルに置かれたボトルの中に、琥珀色の液体は既にない。
「……」

氷河にそう言われてしまっては、ロボットである瞬は、それ以上何を言うこともできない。
言えぬようにしたのは自分自身だというのに、氷河は、悲しそうに氷河の側から立ち去ろうとする瞬の腕を掴みあげた。
「何故止めないんだ!」
氷河の怒声に、瞬が驚いたように目をみはる。
ロボットでも、氷河の言葉が矛盾しているということくらいは理解できているのか、瞬の瞳には当惑の色が浮かんでいた。
その、まるで人間のような表情が、氷河を苛立たせる。

「おまえには……おまえの意思は……おまえの望みはないのか!」
「氷河の幸せが僕の望みです」
「おまえが俺を幸せにしてくれるのか」
「僕にできることなら何でもします」
「は。まともなキスもできないくせに!」
「……」

それはインプットされていない情報なのだから仕方がない――と、いっそ、氷河は瞬に反駁してほしかった。
「キスってのは、こういうふうにするんだ」
叶わぬ望みを振り払うようにして、氷河は瞬の身体を力任せに引き寄せ、自分の唇で瞬の唇を開かせた。
酒の味のするキスに、瞬の頬が薔薇色に染まる。 
オトナの気紛れに戸惑い迷っている人間の子供のような瞬の表情が――その愛らしさが、氷河の気に障った。

それでまた、氷河の中に嗜虐の欲望が湧き起こってくる。
「今ここで服を脱いで、その床に横になれと言ったら、おまえはそうするか?」
「……氷河が……」
瞬はまるで、苦痛と快感とに苛まれているような掠れた声で、だが、いつもと同じ答えを氷河に返してきた。
「それを望むなら」
「身体を開いて、俺を受け入れろと言ったら、おまえは本当にそうするのかっ !! 」
眉根を苦しそうに歪め、瞬はそれでも頷いた。
「氷河が……それを望むのなら」

ロボットの健気な答えが傷付けているのは人間の心で、人間はそれ以上ロボットを傷付けてしまわないために、逃げ出すようにその場を後にした。






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