それから幾度か、氷河は思い出したように突然に、一見 気紛れにも思えるようなタイミングで、瞬に攻撃を仕掛け続けた。 恋人同士の闘いはいつも、第三者の邪魔が入り、決着がつかずに終わるのが常だったのだが、傷付けることのできない相手を敵にまわした闘いの繰り返しに、瞬は、身体ではなく心の方が まいりかけていた。 その膠着した事態を変えたのは、瞬の兄の帰還だった。 氷河の意図が理解できず、収拾できない事態に思い悩み 打ち沈んでいる瞬を見て、瞬の兄は吐き捨てるように言ったのである。 「あの馬鹿の目的は、案外、おまえをそんなふうに弱らせることなのかもしれないぞ」 「え?」 兄の言葉の意味が理解できず、瞬が伏せていた顔をあげる。 そこにあった兄の顔は、怒っているようでもあり、この異常な事態を楽しんでいるようでもあり、そして、呆れ果てているようでもあった。 彼の表情には、星矢や紫龍ほどには、事態を深刻に受けとめている様子は窺えなかった。 瞬は、それで少しは気分が安らぐような気がしたのである。 信頼だけで結ばれた仲間同士には見えない何かが、兄には見えるのかもしれない。 表面的にはいつも氷河を毛嫌いしてみせるのが常態になってしまっている兄には、氷河の仲間たちとは異なる客観的な視点があるのかもしれない。 ──と、瞬は思い、期待した。 「しばらく、俺の側にいろ。俺に任せておけ」 思うところがあるらしく、表情に余裕を交えてそう告げる兄に、瞬はこくりと頷いた。 瞬の兄の帰還後の最初の闘いで、氷河の様子は、これまでの彼とは 何かどこかが微妙に違っていた。 瞬を庇って立つ一輝の姿を見た途端に、氷の聖闘士は慌てたようにも見え、敵意が倍増したようにも見えた。 それらの感情を、決して彼は態度や表情に出したわけではなかったのだが、少なくとも彼は戸惑っている──ようだった。 それまで、瞬しか見えてなかった彼の目に、急に世界全体が映し出されでもしたかのように。 そんな氷河に、一輝が、勝ち誇ったように言う。 「久し振りに帰ってきてみたら、実に好ましい事態になっていた。瞬が毎日俺に泣きついてきてくれて、昔に戻ったように俺は気持ちがいい。貴様の馬鹿さ加減に、とりあえず礼を言っておくぞ」 一輝の挑戦的な口調に、氷河が眉をつりあげる。 それは、氷河が瞬たちの“敵”になってから、彼が初めて見せる はっきりした感情と表情だった。 一輝と氷河は、互いに互いを疑いようもない明確な敵として認識しているようだった。 すぐに、二人の本気の闘いが始まる。 それは、氷河がこれまで瞬に対して見せていた“本気”など児戯の域を出ていなかったのではないかと思えるほどに、熾烈で激烈で容赦がなかった。 もともと氷河を敵視していた一輝は、言うに及ばない。 やがて、氷河と一輝の双方が──兄までが──それぞれの拳を本気で放っていることに気付いて、瞬は真っ青になってしまったのである。 これが最善の解決方法だとは、瞬にはどうしても思えなかった。 「やめてください! 兄さん、氷河、やめて! こんなの無意味だよ、どうして……」 瞬の必死の制止に、一輝が笑いもせずに怒鳴り返す。 「こんなに意味のある闘いがあるか。ここでこいつをブッ殺してしまえば、俺は、俺のおまえを取り戻せる──」 その言葉を聞いた氷河の激昂と敵意が、途端に激化したのが、瞬にはわかった。 それは、見ようとしなくても、探ろうとしなくても感じ取れるほど、はっきりした感情の変化だった。 激しさを増した敵意と憎悪が込められた氷河の渾身の拳が、一輝に向かって放たれる。 無論、青銅聖闘士最強を自称する瞬の兄が、大切な弟を盗み泣かせている男の攻撃を甘んじて受けるはずもない。 二人の男の本気の闘いは、半壊状態だった聖域を、全壊状態の聖域に変えてしまっていた。 |