「寝盗られたくらいのことで、いちいちその相手を殺さなければならないというのなら、俺はいったい何度貴様を殺せばいいんだ !? 瞬の目の前で人の命を奪うなど、言語道断だ! 瞬が、人の傷付くことを怖れるからこそ慎重すぎるほどにこの国を防御し、戦いを避けるために苦心していることを、貴様は少しもわかっていないようだな!」
軽い錯乱状態に陥ってしまっていた弟を寝かしつけた一輝は、相変わらず辛辣な口調で、彼の弟が“愛”と“力”とを与えた男を怒鳴りつけた。
氷河は、それには何も答えずに、青白い頬をして眠っている瞬の横顔をじっと見詰めていたのである。

アイザックの命を奪ったことに、氷河はまるで罪悪感を感じてはいなかった。
だが――。
だが なぜアイザックが自らの命を ああもあっさりと敵の手に渡してしまったのかが、氷河には わからなかったのである。
否、わかっていた。
攻撃を加える気配も見せずにアイザックが自分の剣に貫かれた時に、氷河はそれを知った。
だが氷河は、わかってしまいたくなかったのである。
アイザックは、瞬の信じているもののために、瞬の望むように、自らの戦さを終わらせた。
そして彼は、氷河が、瞬の望まない憎しみというものをその内に養ってしまったことを嘲笑していたのだ――とは。

瞬は考えたこともなかったのだろう。
“世界を破滅させる力を得る者”以外の人間が、自分に対してそういう種類の愛情を抱くことがあるなどということを。
(アイザック……。それを、俺の口から瞬に告げろと言うのか……!)
アイザックが為したことへの怒りは消し去りようがない。
だが、氷河には、アイザックの気持ちがわかりすぎるほどにわかってしまうのだ。
見返りを期待せずに優しくされ、掛値なしの信頼を貰い、まるでそれが当然のことのように微笑している瞬に、呆れ、戸惑い、やがて『この不可思議な生きものを自分の側に置きたい』と思い、そして最後に、それに惹かれている自分に気付いて、呆然としてしまう――。
それは、氷河自身が辿った道だった。

(いずれにせよ、アイザックの目論見通り、俺は瞬の信じていたことを――誰かを愛し、思い遣っていれば、人は戦いを放棄することができるということを 否定する行為をしでかしてしまったわけだ……)
氷河は苦い後悔を味わっていた。






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