翌日の公式予選2日目。 瞬はフリー走行を終えた氷河の許に足を運んだ。 それが自惚れであったなら、もうどうにも仕様がないが、もし氷河の失恋の相手が自分だというのであれば、そして、そのために氷河が昨日のような不様な成績を残したというのなら、氷河を以前の氷河に戻す義務を自分は負っていると、瞬は思ったのである。 マシンから降り立った氷河には、今日も昨日と同様、以前の覇気が全く感じられなかった。 瞬の姿を見て、彼はほんの少しだけ驚いたような表情を浮かべたが、それも一瞬のことで、すぐに彼の表情は力無い微笑に変わった。 「あの……氷河……。氷河には関係のないことかもしれないけど、一応言っておこうと思って……それで……」 「……?」 言葉をためらっているような瞬を、氷河が不思議そうな目で見おろしてくる。 そんな氷河の顔を上目使いに覗き込み、瞬は思いきって口を開いたのだった。 「あの……メキシコで氷河に言った、僕の9年越しの恋人って、車のことなんです。僕、10歳の時 初めてカートに乗って、それ以降ずっと車なしでは夜も昼も明けない日を送ってきて、いつも兄さんに、車が恋人みたいだなってからかわれてたんです……」 「く……くるま……?」 もしかすると、瞬に恋人がいると一輝に告げられた時よりも、瞬の恋人の正体を知らされた氷河の驚きは大きかったかもしれない。 驚きを驚きと自覚することすら、氷河はすぐにはできなかった。 「ほ……本当か……?」 「ほんとです。だから、氷河、もうあんな走りしないで。元の氷河に戻ってください」 「そ……そうか、車……そうか……!」 そして氷河は、驚きを驚きと自覚する前に、その手で瞬をしっかりと抱きしめてしまっていた。 「ひょ……氷河…… !? 」 世の中も人生も、まだまだ捨てたものではない。 氷河は再び、人生に、レースに、生きる希望を見い出したのだった。 「よーし、瞬のために、今日はポール・ポジションをとってやる! 見てろよ、瞬!」 急に瞳に生気の輝きを取り戻した氷河は、彼の腕から逃れようともがく瞬にはお構いなしで、彼にキスの雨を降らせ、自信満々で勝利宣言をした。 「車……! そんなものがおまえの恋人だというのなら、そいつからおまえを奪うことなど簡単だ! 俺は車なんぞよりずっと雄弁におまえを口説けるし、車なんぞよりずっとうまくおまえにキスしてやれるからな! おまえの恋人より、俺の方がずっと速く走れることを証明してやるぞ!」 そうして。 氷河はその宣言通り、予選2日目、コース・レコードを出して予選を1位で通過、決勝では瞬のシケイン攻撃などものともせず、更に一輝をリタイアに追い込み、今期3度目の優勝を手に入れてしまったのである。 (もしかして僕、すっごく馬鹿なことしたのかな……?) 瞬の後悔は先に立たなかった。 このフランスグランプリ以降、氷河は破竹の5連勝を為し遂げることになったのである。
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