「……大丈夫か」
抱きたいから抱いたと言うのなら、気遣いたいから気遣っているのだろう。
ミッドガルドの、低くはあるがはっきりした声に、瞬は薄れかけていた意織を取り戻し始めた。
彼は、自分の為した行為が瞬を痛めつけ傷付けたことを気にかけてはいても、行為そのものには何の罪悪感も抱いていないらしかった。
(そんなもの、抱きようもない……。あんなふうに、まるでそれを望んでいたみたいに逆らいもせずに、僕は氷河を受け入れてしまったんだから……)

自分の身体がなぜそのように動いたのか、まだ瞬には得心できていなかった。
長く深く息を吐き出した途端、涙がにじんでくる。
半身を起こし相変わらず銀灰色の勝った瞳で自分を見下ろしているミッドガルドに、瞬はかすれた声で言った。
「――誉めて」
「なに……?」

気遣う言葉とは対照的に何の感情も浮かべていなかった表情を、ミッドガルドは奇妙に歪ませた。
誉めろと言われれば、誉めるべき点は確かにいくらでもあった。
瞬のその美しい肢体、細やかな反応、支配者を包む心地良い温かさとその新鮮さ――。
しかし、半ば無理矢理――少なくとも互いの合意を確認することなく身体を引き裂かれた人間が、その暴力の直後、加害者に告げる言葉としては、それは奇妙すぎる。
「よく生きて帰ってきたなって、僕を誉めて」
「……」

乱れ散らばった髪、シーツの上に投げ出された細く白い腕。
ミッドガルドを――と言うより、最も身体に負担のかからない姿勢でまっすぐ前を見た時 視界に入るものを、ただ映し取っているだけの瞳。
ミッドガルドは、瞬の心に触れることを躊躇するように用心深く、瞬の頬に手をのばした――のばしかけた。
「アンドロメダ……?」
「言ってくれないのなら、僕に触らないで――」
だるさのために身体にカを入れることができず、また、腕をあげることもできないでいるらしい瞬が、声だけは鋭く、ミッドガルドのその手を遮る。
「もう……触らないで」
「……」

しばらくの間、ミッドガルドは何も言わずに、黙って瞬を見降ろしていた。
ミッドガルドにしては らしくなく・・・・・、少しためらってから、その指で瞬の頬にかかる髪を取りのける。
「たった今も、おまえが憎くていじめたわけじゃない」
指と手の平がそのまま瞬の頬を包み、瞬は予想に反して温かいその手の感触に驚いて、二・三度瞬きを繰り返したのである。
「……うん」

こぼれ落ちた涙の雫が、ミッドガルドの指をつたい、落ちる。
それさえ確かめることができたなら、瞬の中には後悔などなかった。
「きっと、そうだと――僕、思ってた……」
一つ一つ言葉を切って、少し辛そうに、瞬は告げた。
なぜか“氷河”には確認することができなかった。
これがミッドガルドだからこそ、こうして確認することもできるのだと瞬は思っていた。
氷河が――ミッドガルドが――首筋に顔を埋めるようにして、そっと瞬を抱きしめる。
身体のそこここに痛みを覚えたのだが、瞬は黙って彼に為されるままでいた。
「……好きだったさ、ずっと。だからミッドガルドになってしまいたかった」
「……?」
ミッドガルドが呟くように言ったその言葉は、瞬の耳には届かなかった。






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