夜と昼のはっきりした区別が、瞬はできなくなりかけていた。
窓の外を見ると、いつも変わらず灰色の雪景色。
何もない灰色の部屋で、ただ一人で時を過ごしている瞬の許に、時折ミッドガルドが訪れてくる。
彼が自分の許にやってくる時が夜なのだと瞬はずっと信じていたのだが、彼がその部屋を訪れるのは夜だけでもないらしいことに、やがて瞬は気付いた。
瞬を抱いて部屋を出ていったかと思うと、その一、二時間後にまたやってきて、ミッドガルドはまた同じように瞬を奪う。
それとも、その一、二時間が、実は一日なのか――。
瞬の時間の感覚はどんどんおかしくなり、その混乱は、一瞬と永遠の区別さえできないほどになっていた。
それ故、最後の日が訪れた時――瞬は、その日の訪れが、思っていたより かなり遅かった――と感じたのだった。


「お楽しみのところ不粋な真似をして申し訳ないが、広間の方に来いとの御命令だ、ミッドガルド」
ノックもなしにドアが開けられたことにはミッドガルドも瞬も気付いていたが、折悪しく彼等は、殺意のない小字宙ごときでは妨げることのできない行為に没頭していたので――ミッドガルドがロキの声に了承の返事を与えたのは、優にその10分近く後だった。
取り乱した様子も急いでいる様子もなく、無感動な灰色の目をして、折り重なっている二人を眺めていたロキに、ミッドガルドは唇の端を歪めて笑ってみせた。
「先に行っていろ。すぐに追いつく」

ミッドガルドの言葉に顎をしゃくるように頷きながら、ロキが、やっとミッドガルドから解放された瞬を眺め、言う。
「――アテナの聖闘士を蹂躙するのは楽しいか」
「……」
ミッドガルドは.それには何も答えずに寝台を下りると、いまだ肩で息をしている瞬の身体を、無造作に毛布で覆った。
「アンドロメダを手許に置きたいのなら、せいぜい頑張って邪魔な虫けら共を倒すことだな、ミッドガルド」
なかなか静まらない鼓動と、いつまでも身体の奥に残る疼きとに目眩いを感じながら、瞬は最後の時が来たことを知った。


「せめて、どこか他の場所に隠しておいてくれればよかったのに……」
久し振りに、瞬は、その身体に聖衣をまとい、苦く微笑した。
いつかドルバルが倒されることはわかっていても、それが百年後では困るのである。
ドルバルを倒した後、ミッドガルドがどうなるのかは瞬にも分からなかったが、ミッドガルドと二人でいたいがためにアテナの聖闘士たる自らの立場を棄てることは、所詮瞬にはできることではなかった。
(雪と氷の足枷を断ち切り、僕を求めてくれる人に敵対し、そうまでして僕が得られるのは、正義という名のくびきなわけ……)
瞬は天蓋に掛かっているビロードの幕を勢いをつけて引き、日々のほとんどを過ごした寝台を視界から遮断した。

ヴァルハラ宮のあちこちで、アテナの聖闘士とドルバルのゴッドウォーリアたちの小宇宙が炸裂し、北の冬宮は崩壊の時を迎えようとしていた。
(氷河に比べれば、僕ははるかに現実的で、精神が大雑把にできているんだよ……)
最初の敵が瞬に襲いかかってくる。
いつも踏躇を覚えるこの瞬間、鍛錬を積んだ人間の性で、瞬の手に操られるチェーンは、操る人間の心よりも素早く、しかも確実に、敵に一撃をあびせかける。
ミッドガルドに、瞬は会わなければならなかった。






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