それから一週間、氷河と瞬は、この中世の都市で、すっかりただの観光客になりきっていた。
一応、ホテルの人間や城塞内でカフェやレストランを営んでいる者たちに聞き込みらしきものはしてみたのだが、その証言はどれも曖昧で、共通点というものがなかった。
亡霊を見たという者も幾人かはいたのだが、もしかしたらその亡霊は、この街で失くしたものを探しているのではないかと思えるほど、目撃場所も時刻もばらばらだった。
しいて共通点をあげるとすれば、十二、三世紀の騎士の恰好をした、金髪の精悍な美青年だったということだけ。
そして、亡霊の目撃者たちは示し合わせたように、
「あんたもいい男だが、あの亡霊には負ける」
というセリフで締めるのだ。
そのセリフを聞くたびに氷河は不愉快になり、かつ、瞬があまりフランス語を得手としていないことに感謝した。
(俺よりいい男がそうそういてたまるか!)
とムカつきながらも、やはりその亡霊にはお目にかかりたくないと考えてしまう氷河だったのだ。
それでなくても瞬は、コンタル城の資料室の中に気に入りの肖像画を見付けて、日に一度はそこに通い、資料室の管理人と顔馴染みになる始末で、氷河は、これ以上瞬の周りにいい男はいらない――という気分だったのである。
瞬の気に入りの肖像画――それは、ベジエ、アルビ地方、ミネルヴ地方、ラゼス、ソール地方、及びカルカソンヌ地方全域という広大な領地を治めていた名門トランカヴェル家の事実上最後の当主、レーモン・ロジェ・トランカヴェルの肖像だった。
ラングドック一の騎士とも欧州一の騎士とも謳われ、アルビジョア十字軍の謀略に合い、二五歳の若さで命を落とした、逞しい黒髪の男。
コンタル城に日参して、その肖像をめつすがめつ眺めて瞬の言うことには、
「この人、見れば見るほど、一輝兄さんに似てるね」
である。
これで氷河に上機嫌でいろという方が無理な話というものだった。
監視役の一輝がいないところでの二人きりの観光旅行は嬉しかったが、カルカソンヌ到着当日の数秒間以来、瞬の鉄壁の防御が崩れる気配は全くない。
明日にはパリに戻らなければならないという日の到来を、氷河はむしろ心のどこかで歓迎していた。






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