(いったい、俺は何をしたんだ…?)
寝台の上に横たわるシュンの蒼白い瞼と幼い肢体を見降ろしながら、ユーグは自分自身を訝っていた。
十字軍本営のユーグの部屋――よりにもよって十字軍司令官の甥の部屋に、トランカヴェル家の最後の生き残りにして、カタリ派完徳者の少年がいる――のである。
どう考えても、あってはならぬことだった。
カタリ派の撲滅より新しい領地を得ることに腐心している騎士たちや、富と名誉を求めている伯父はともかく、カタリ派を憎悪しきっている法王に知れたら、キリスト教会破門程度のことでは済まないだろう。
だが、あの時――シュンが十字架の前で剣の切っ先をその白い喉に押しあてた時――ユーグは彼の短刀を奪い取らずにはいられなかったのである。
十字架の前での自害を涜神だと思ったからではない。
ユーグはそれほど敬虔なキリスト教徒ではなかったし、棄教するくらいなら死を選べというカタリ派の教義も知っていた。
ただ、彼は――それでなくとも醜悪なものしか存在しないこの世界から、神の作った美しいものを、こんなにも急いで消し去ることはないと考えた――感じたのだった。
厳粛な死を迎えようとしていた緑の瞳の少年は、突然礼拝室に飛び込んできた若い男に驚き、その瞳を見開いた。
実際には数秒間のことだったのだろうが、ユーグはこの天使と随分長いこと見詰め合っていたような気がする。
否、実際に二人の上を長い時間が過ぎていったのだったかもしれない。
ユーグがシュンに『俺と一緒に来い』と告げた時も、シュンが横に首を振った時も、二人は互いに見詰め合ったままだったのだから。
狂気のような十字軍兵士たちの雄叫びが、すぐそこにまで近付いてきている。
脱出を説得している暇はなかった。
ユーグはシュンの鳩尾みぞおちに拳を打ち込み、白い蝶のように軽い手応えで崩れ落ちた華奢な身体を、その腕に抱きとめた。
そうして、ユーグは、手に入れた宝を大切に抱きしめて、殺戮と略奪が始まったカルカソンヌを後にしたのである。


その深く青い瞳に出会った時、自分は奇跡の場にいるのだとシュンは思った。
彼の瞳を、神の御使いの瞳だと思ったのである。
十四になるかならずで神の御許に旅立とうとしている不運な子羊を哀れんだ神が遣わしてくれた大天使を、自分は今見ているのだ――と。
これは奇跡などではないと気付いたのは、大天使と思ったその人の腕に、大天使に似つかわしくない剣の傷痕を見い出したからだった。
これは生身の男だと感じさせる体温と、血の匂い。
だが、伸ばされた彼の腕から逃れようとする間もなく、シュンは彼の腕の中に落ちていた。






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