「ユーグ――ユーグ・ド・モンフォール……あなたが…?」 シュンの瞳には、憎悪と軽蔑の色が相争うようにたぎっていた。 「兄さまと並び称されるほど高名な騎士が、この卑劣な残虐行為の片棒を担いでいたの!」 ベジエの虐殺にもカルカソンヌの闘いにも自分は参加していないという弁明が喉元まで出かかったが、ユーグは結局その弁明を言葉にはしなかった。 彼がその二つの行為を、苦々しく思いながらも見て見ぬ振りをしたのは紛れもない事実だったし、闘いに参加していないと言ったところでシュンの軽蔑が軽減するとも思えなかった。 「そんな人に命を救われて……そんな人を兄さまが僕のためにお遣わしくださった人だと思ったりして……」 もしかしたら自分の名は、以前、兄弟の会話の話題にのぼったことがあったのかもしれない。 そして、レーモン・ロジェは、自分と並び称される騎士に対して敬意を示してくれたのかもしれない。 だからこそ、シュンは、十字軍司令官のシモンよりも自分の方に憎しみを向けるのだ――そうユーグは思った。 それでも構わないと、この天使がその憎しみのために生き続けてくれるのなら、それでもいい――と。 「う……っ……」 おそらく、卑劣な男に命を救われてしまった自分自身への悔し涙なのだろう。 俯いてしまったシュンの瞳から、一粒の水晶がきらめき落ちる。 その涙の砕け散った場所――麻の長衣から覗く白い脚を視界に入れ、ユーグはごくりと息を飲んだ。 何故この天使は、これほど浄らかなのに、同時にまた、これほどなまめかしいのだろう。 世の穢れを激しく拒絶するように清浄な風情をしていながら、何故こんなに誘惑的なのか――身体の中心に血液が集まってくる感覚を自覚して、ユーグは慌てて傍らに置いた剣を掴みあげた。 このままこの場にいたら、本当に、伯父の危惧した事態になりかねない。 レーモン・ロジェには耐えられたかもしれないが、おそらくそれは、この誘惑の天使が彼の実の弟だったからである。 その衝動を抑え切る自信は、ユーグには到底持ち得るものではなかった。 ユーグが剣を持ってその場を立ち去ろうとするのに気付いたシュンが、はっと顔をあげる。 「ユーグ・ド・モンフォール、待ちなさい! その剣を置いていきなさい!」 シュンは、敵に命を救われた哀れな子供から、カタリ派完徳者、あるいはトランカヴェル家当主の弟に戻ろうとしたのだろう。 しかし、その装った高姿勢は、ユーグには何の力も及ぼさなかった。 一度欲望を覚えてしまった相手に、突然居丈高に命令されても、ひれ伏すことができるのは被虐趣味のある男だけだろう。 「置いていってもいいが……。何に使うつもりだ。俺に敵うと思っているのか、その細腕で」 ユーグの声は僅かに掠れていた。 シュンには気付く気配もなかったし、気付いたところで、その原因に思い至ることはできなかっただろうが。 「――たとえどんな卑劣な人間でも、我々の教団の教義は殺生を禁じています。剣は、あなたに邪魔されたことを遂行するために使う。安心するといい」 「……それでは、この剣は渡せないな」 「え……」 兄の仇に乾いた微笑を向けられて、シュンがまた、幼い子供の困惑した表情に戻り、ユーグを見上げる。 ユーグは思わず激しい頭痛に襲われてしまったのである。 意識してやっているのでないとしたら、この子供は存在自体が罪だと、ユーグは本気で思った。 「この部屋を出ようなどとは考えない方がいいぞ。伯父殿の部下は皆、第四次十字軍に参加してイスラムの文化に接してきた者ばかりだ。男が男を愛するのに躊躇など覚えない。おまえのような子供がのこのこ出ていったら、たちどころに奴等の餌食だ」 ユーグに釘を刺されたシュンが、びくりと身体を震わせる。 どうやら、その手の知識はちゃんと持っているらしい。 あらゆる種類の肉体の交渉を禁じられているカタリ派完徳者に、それは効果的な脅し文句になったようだった。 カタリ派の完徳者は、たとえ無理に強いられたのだとしても、肉体の交渉に身を委ねれば神の救いの手を永遠に失うことになるのである。 シュンがその場に力なくへたり込んだのを確認してから、ユーグは部屋の扉を閉じた。 |