ミネルヴの町が十字軍の手に落ちると、シモン・ド・モンフォールはすぐさま次の攻撃目標を定めたらしい。
「これから伯父殿を護衛して、テルムの町を視察に行く」
翌朝いつもより早く寝台を抜け出したユーグは、身支度を整えながら、恋人の温もりの残る場所からまだ離れられずにいるシュンに、何気なく告げた。
テルムへの攻撃が近いことを暗に知らせてくれるユーグに、シュンが悲しげな目を向ける。
こうしてユーグは、いったいどこまで敬愛する伯父を裏切り続けることになるのだろう。
『もともと法王の手先でいるのは不愉快だったんだ』
とユーグは言うが、伯父を裏切ることは彼の本意ではないはずなのだ。
シュンのために裏切り行為を続けるユーグに、しかし、シュンは、
「気をつけて……」
と言う以外の言葉を見付け出せない。
ユーグは寝台の上に身体を起こしたシュンの肩に上衣をかけ、それでも笑みを作った。
「そんな悲しそうな顔をするな。伯父殿があちらに泊まると言い出しても、俺は今日中におまえのところに戻ってくるから。おまえに寂しい思いをさせる気はない」
シュンの眼差しの意味を、わざと取り違えてみせるユーグに、シュンもまた従った。
寝台から降り、ユーグの側につかつかと歩み寄る。
シュンは、少し腹を立てた振りをして、彼に詰問した。
「僕、そんなにあなたを欲しがっているように見えますか」
「見える」
間髪を入れずに降ってきたユーグの答えに、シュンが、これまた素早く手をあげる。
ユーグの頬をぶとうとした手は、しかし難なくユーグに掴み取られてしまった。
「いいじゃないか。俺はそれが嬉しいんだから。喜ばせておけ」
からかうようにそう言うユーグを、シュンは上目遣いに睨みつけた。
「僕は、あなたがいなくたって、二日くらい全然平気なんです!」
自分の手首を掴んでいるユーグの手を振り払い、真顔で怒鳴るシュンにユーグは目を剥いた。
『たった二日?』と更にからかおうとして、すぐに思いとどまる。
シュンがこの城にいなかった時の自分の為体ていたらくを鑑みるに、それはユーグには到底言えない台詞だった。
代わりに、
「それはすごい」
と、感心してみせる。
シュンはますます立腹してしまったらしく、頬を上気させてつんと横を向いた。
ちょうどいいので、その頬にキスをし、ユーグは棚に立て掛けておいた剣を手に取った。
「俺が帰って来るまでに機嫌を直しておいてくれよ、シュン」
そう言い残して部屋を出ようとしたユーグを、たった今まで機嫌を斜めにしていたはずのシュンが、ふいに引き止める。
「ユーグ!」
「ん?」
樫の木の扉を開けようとしていた手を止めて振り向いたユーグの胸に、シュンが飛び込んでいく。
「どうしたんだ」
「あ……いえ……あの……」
剣を持っていない方の腕で肩を抱かれ、シュンは、ユーグの胸に頬を押し当てて、ためらうように彼に尋ねた。
「あの……肉親でも、友人でも、領地でも名誉でも女の人でも何でもいいんですけど……ユーグには僕より大事なものがありますか?」
「いや」
ユーグは、その質問にも即答した。
シュンが、裁きと許しとを一度に与えられた神の御前の迷い子のように、切なげに微笑する。
「シュン……?」
「あ、何でもないんです。ちょっと聞いてみたかっただけ。あの……意地悪しないで、早く帰ってきてくださいね?」
少し素直になってくれたシュンに、ユーグが破顔する。
「オード川の流れより速く帰ってくるさ」
そう告げて、彼は二人だけの国を出ていった。






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