ユーグがカルカソンヌに帰城したのは、それから間もなくのことだった。
彼がナルボンヌ門を通り抜けると、騒然とした城塞内の空気が彼を出迎えた。
「カステルノー大司教が殺されたそうだ!」
「大司教の従者は、我々の陰謀だと騒ぎたてているらしい」
「カタリ派の暗殺者がこの城に紛れ込んでいたんだろう」
「しかし、あの部屋はユーグ殿の――」
司令官の留守中に起こった非常事態に、城塞内の兵たちは混乱し、情報は錯綜していた。
事情を聞き出そうとする前に、だが、ユーグは、その騒乱と緊迫の中心の在処ありかに気付いたのである。
コンタル城の最も高い塔の上に、真紅に染まった服を着た天使が、今にも風に運びさらわれそうな様子で、頼りなく立っていた。
「ユーグ殿! 司令官は今日はお戻りにならないのでしょうか !? 法王特使が――法王特使がカタリ派の手の者に暗殺されました!」
シモンの従卒の一人が、甲走った声で、ユーグに向かって泣きわめく。
「こんなことで法王のお怒りを買ったら、我々はいったい……!」
これまで多くの時間と犠牲を払って十字軍が手に入れてきた領地を取りあげられようが、教会破門を言い渡されようが、ユーグにはどうでもいいことだった。
「シュン! そこを動くなっ! 何かに掴まるんだ、今すぐ行く!」
何があったのかはわからない。
だが、兄の仇に負わせた掠り傷にさえ怯えていたシュンが、人を殺してしまった――のだけは確かなようだった。
ユーグは、今にも風に押されて塔から落ちてしまいそうなシュンに向かって、声を限りに叫んだ。
「シュン! 大したことじゃない。あんな下衆な男の一人や二人、死んだって大したことじゃないんだ! 俺が揉み消してやる! おまえには何のとがもないようにしてやる。だから…!」
必死の思いで叫びながら、ユーグは自分自身に苛立っていた。
わかっているのだ。
シュンが恐れているのは、人に与えられる罰ではなく、神の拒絶なのだということは。
それがわかっていながら、こんなことしか言ってやれない自分が、ユーグは腹立たしくてならなかった。
自分の手が血に染まったのを見た時、あの繊細なシュンの受けた衝撃はどれほどのものだったろう。
悪魔の作った肉体の脆さが、神に永遠に見放されてしまう絶望が、一度にシュンに襲いかかったに違いない。
そして。
側にいてくれない男に救いを求めて、気も狂わんばかりに慟哭したに違いなかった。
「シュン! 俺が行くから待っていてくれ……っ !! 」
真紅の天使には、ユーグの声が聞こえたのだろう。
ユーグに救ってもらいたくて、その声のする方に飛んだのだろう。
だが。
天使のような瞳の罪人つみびとは、天使のように飛ぶことはできなかった。






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