シュンは、故郷の村より ヘリオスの神殿であるヘリオポリスにいる時の方が多くなっていた。
村では、太陽神の恋人という肩書きは、シュンにとって あまり心地良いものではなかったのである。
シュンに無茶なことを言う者や、うるさく言い寄ってくる男や女たちがいなくなったのは有難いのだが、それまで親しくしていた友人たち、村人たち、果ては家族たちまでもが、まるで腫れ物を扱うようにシュンに接するようになってしまった。
更に、兄たちが妻を迎えたことで、それまでシュンがしていた仕事はシュンの手から離れ──つまり、シュンは、故郷の村の中での自分の居場所と仕事とを失ってしまったのである。
そうなってしまうと、シュンがヘリオスの側にいるために村を離れることを妨げるものは何一つなく、何よりヘリオスがそれを望んでいたのだ。
シュンは、エウクセイノスの海を越えた その向こうにあるヘリオスの神殿ヘリオポリスで時を過ごすことが多くなった。

大神ゼウスと並ぶ太陽神ヘリオスの神殿は、荘厳にして華麗、重々しい中にも華やかさがあり、いつも明るい光に満ちていた。
ヘリオポリスを遠巻きに囲んで、太陽神を崇める多くの人間が たくさんの村を営んでおり、そこは地上で最も栄えている場所の一つだったろう。
太陽神の神殿は 人間のみならず神々を惹きつける力をも備えており、彼の神殿には高貴な神々の来訪も多かった。
神殿内には、人間はシュン一人しか入れなかったが、ヘリオスに仕えるニュムペーたちが幾人もいて、彼女たちがヘリオポリスを訪れる神々の接待役を務めていた。

シュンは、そこで、多くの有力な神々に会うことになったのである。
ヘリオスの妹、月神セレネ。
ヘリオスとは従兄弟姉妹同士になる、ヘラ、デメテル、レートー、ハーデス、ポセイドン。
そして、神々を束ねる大神ゼウスの子たち──知恵と戦いの女神アテナ・パラス、双神アポロンとアルテミス。
美しく偉大な神々が興味津々で、太陽神ヘリオスが愛した人間の少年を見物にやってきた。
レアとクロノスの子とその子孫たちであるオリュンポス神族──すなわち、ゼウスとその兄姉、その子孫たち──が 人間を愛することは、さして珍しいことでも何でもなかったが、ヘリオスはティターン神族である。
オリュンポス神族より格上のティターン神族が人間を恋することは、しばしば起こる“事件”ではなかったのだ。

「父ゼウスは苦虫を噛みつぶしたような顔をしていましたよ、ヘリオス。ゼウスは、ティターン神族の力を弱め、自分の一族であるオリュンポス神族の力の拡充を望んでいますけど、台頭する人間たちを抑えるために、神が人間と通じることを快く思っていませんもの。『神としての誇りを持て。ティターンは人間などに心を奪われたりはしないぞ』というのが、父の口癖でしたのに」
知恵と戦いの女神が、からかうように──ヘリオスを、ではなく──言う。
彼女がからかっているのは、人間にばかり恋をしている異母兄アポロンだった。
アテナの意図に気付いているのかいないのか、ヘリオスの傍らにいるシュンをじっと見詰めていたアポロンは、しばしの間をおいてから、嘆息と共にぽつりと咳いた。

「君は、ダフネに──私が初めて恋した少女に似ている──」
「?」
輝かしい神々の会話に割り込むことなど思いもよらず、ひたすらヘリオスの陰に隠れるようにしていたシュンは、褐色の髪のゼウスの息子の言葉の意味が、よくわからなかった。
理解する必要もないと思っていた。
これまで噂でしか聞いたことのない多くの神々──そのほとんどがすべて、人間たちとは比べものにならないほど美しく、こんな美しい神々と平生から接していたはずのヘリオスが自分を愛してくれたという奇跡が信じられず、シュンは目覚めていながら夢の中にいるような日々を送っていたのだ。

家族や友人たちと離れていても、それを寂しいと思う時間はヘリオポリスにはなかった。
ヘリオスは、シュンの心と身体の欲求を、シュンが望む以上に満たしてくれた。
神々の力の大きさとその立場・関係が、決して完全なる調和の内にあるのではなく、人間同様の勢力争いが神々の間にもあることは、シュンも徐々に知ることになったのだが、しかし、ヘリオスの力は強大で、シュンに不安を与えることはなかった。
──シュンがヘリオスに愛されるようになってから、1年の時がめまぐるしく流れていった。






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