事態収拾のめどが見えてきたことに安心したのか、横で事の成り行きを見守っていた星矢の表情も、自然と和らぐ。
その星矢の表情は、そして、すぐに、平生の、真夏の太陽のごとく能天気な笑顔へと変わっていった。

「でも、瞬の気持ちもわかるよなー。好きな相手に、んなこと言われて、嫌われてるって思いこんじまったんだろ? これ以上ひどいこと言われたくないって思って引きこもっちまったって仕方ないよなー」

「なに?」


「それというのも、いつもは自信過剰男のこの馬鹿が、妙なところで卑屈になるからだ」

「おい、それはどういうことだ」
聞き捨てならない星矢と紫龍のやりとりに、一輝は我知らず眉をひそめた。

「瞬もさぁ、何も氷河みたいな奴に惚れなくてもいいのになー」


「おい、こら、貴様等! それはどういうことだ!? 瞬が、この間抜けに……何だと?」

星矢と紫龍の口から至極当然のことのように飛び出てくる言葉は、しかし、一輝にとっては不自然・不可解・珍妙・奇妙、奇想天外・荒唐無稽、到底まともな日本語とは思えなかった。

だが、星矢たちにとってそれは、既知にして周知、世界の常識の一項目だったらしい。
「あっれー。一輝、おまえ、知らなかったのかぁ? 瞬は、氷河が好きなんだよ」

「何? 何と言った?」

「てっきり知っているものとばかり思っていたが……。こんな馬鹿をあの瞬にけしかけるあたり、見上げた度量の広さだと感心していたんだぞ、俺は」





「な…なんだとぉ〜〜〜〜っっっっ!!!!!?????」

一輝は、城戸邸内どころか、日本全国津々浦々に響き渡りそうな大声を辺りに轟かせた。


そんなことがありうるものだろうか。
氷河の言ではないが、“優しくて、可愛いくて、素直で、氷河と違って他人を思い遣ることに秀で、誰からも好かれるタイプ”の瞬が、よりにもよって、この“我儘で、無愛想で、傲慢で、瞬のように他人を思い遣る術も知らず、どう考えても他人に好かれるタイプではない”氷河を――?????

それこそ、フィロンの世界七不思議よりも不思議この上ない。
否、こんな事態は、この地上にあってはならないことである。

アテナの言う『大変なこと』――アテナが、自家用ジェットまで用意して、一輝を城戸邸に送り込ませるほどの一大事――が何だったのかを、一輝は事ここに至って初めて理解したのだった。
怒りよりも、これは不自然だという思いよりも、“愕然”あるいは“呆然”といった心境に支配されて、一輝が問題の馬鹿に視線を転じると――。



そこには、一輝と同程度もしくは一輝以上の驚きに襲われているらしい雪と氷の聖闘士がいたのである。







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