「氷河姫が嫁いできてから、もう2年になるな。そろそろ懐妊の話が聞こえてきてもいい頃だと思うが」

いつの世も、嫁いびりのセリフは同じです。
氷河姫と瞬王子の居間にやってくるなり、一輝国王は挨拶もなく用件(?)を切り出しました。


(人のふーふ生活に口出ししてる暇があったら、てめーの嫁探しにでも励んでろ、この馬鹿野郎めが!)
――とは、もちろん氷河姫は口にしたりしません。

氷河姫は、大層おしとやかな様子で(う……)挑戦的に一輝国王に答えるのでした。

「毎晩努力はしてるんだがな。それこそ星空を見上げる暇もないくらい」

氷河姫とて、もし瞬王子が女の子だったなら、今頃は3人目をその腹の中に仕込んでやっていただろうというくらいの自信はあるのです。
しかし、こればかりは仕方がないではありませんか。
氷河姫は男性でしたし、瞬王子もまた男の子なのですから。
そのあたりの事情を知らないということを差し引いたとしても、そんなことを訊いてくる一輝国王の無神経が、氷河姫の癇に障るのでした。


子供を産めない女にも、子供を作れない男にも、生きて存在する権利はありますし、恋をする権利も結婚する権利もあるのです。まして、結婚していて、周囲に子供の誕生を期待されているふーふは、その期待に応えられないことを負い目に感じていることが多いのですから、その件には触れないのが人としての仁義というもの。
瞬王子をここまで心優しい少年に育てあげたほどの一輝国王が、そんなことを口にすることに、氷河姫は怒りを禁じえなかったのです。

(それとも、まさか、こいつ、俺が男だってことに気付いているんじゃないだろーな……?)

そう考えてから、氷河姫は内心で横に首を振りました。
氷河姫が“姫”でないことには、毎夜を共にしている瞬王子ですら気付いていないのです。
そんなことがありえるはずがありません。


一輝国王は、どうやら図抜けて可愛らしい顔立ちの弟に天使願望を抱いていたらしく、その手のことに関しては全くの無菌状態で瞬王子を育てあげたようでした。
瞬王子は女性と男性の肉体の仕組みの違いにも全くの無知。
女性には胸の膨らみがあるということくらいは、日常接する女官たちを見て察しているようでしたが、それで言ったら氷河姫には実に見事に発達した大胸筋があったのです。

ですから、今現在瞬王子が持っている性知識といえば、氷河姫が自分に都合よく修正を加えて瞬王子に教え込んだそれだけだったのです。


それはともかく、そういうわけで。
瞬王子ですら氷河姫を“姫”だと信じきっているのです。
いつもヴェールで全身を隠している氷河姫しか知らない第三者に、その秘密がばれるはずがありません。

そう考えて氷河姫が自分を納得させかけた時でした。

「兄君、どうして、そんなことをおっしゃるんですか! 氷河姫は本当に毎晩……とても一生懸命努めてくれているのに、子供ができないのは氷河姫のせいじゃないのに、兄君がそんなことおっしゃるなんて……」

――と、切なげに訴える瞬王子の声が、ふーふの居間に響いたのは。

弟にそう出られると一輝国王は嫁いびりを中断せざるを得ませんでしたし、氷河姫もまた、自分の嘘に多少なりとも罪悪感を覚えずにはいられませんでした。

どうせ人を騙すのなら、善良でない人間、素直に他人を信じない人間をこそ騙したい――瞬王子はいつも氷河姫にそう思わせる存在だったのです。

でも、そんな瞬王子だからこそ、氷河姫は嘘をつき通さなければならなかったのです。
氷河姫を信じきっているこの瞬王子に、『俺は実は男なんだ』などと告白することができるものでしょうか。
『おまえが神の御前で永遠の愛を誓った相手は、実は正真正銘完全無欠の男だったんだ』
などと言うことが?


氷河姫が男だったことより、氷河姫の嘘を悲しんで、瞬王子はきっと涙に暮れるに違いありません。
そんな事態は何があっても避けなければならないのです。
氷河姫は、瞬王子を泣かせるのはベッドの上でだけ! と、堅く心に誓っていました。






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