「近親同士で愛し合うことが禁じられている理由を知っているか」 それが自分にどう関係があるのだと、氷河は苛立った。 「組成の似たDNAの結合で、心身に障害のある子供が生まれる可能性が高いからだろう」 なおざりな氷河の答えに、一輝が微かに眉をひそめる。 「近親婚が禁じられ始めたのは、メンデルがこの世に登場するはるか以前だ」 「学問として成立していなくても、人類は経験的に知っていたんだろう」 「しかし、近親婚からは天才と言ってもいいような優秀な人間が出る可能性が高いことも、人間は知っていたはずだ」 「……だからどうだというんだ……!」 氷河の苛立ちは頂点に達しかけていた。 それが――そんなことが、今、瞬がここにいないということとどう関係があるのだ――と。 「あまりに深く愛し過ぎるから、禁じられたんだ。自分に近いもの、自分に似たもの、自分と同じ何かを持っているもの。人が愛さずにいられるわけがない。人間は、自分を嫌いだと言い張る者でさえ、最も愛しているものは自分自身なんだからな」 一輝らしからぬ、もって回ったような話し方。 瞬の兄が何を言わんとしているのかが、氷河にはまるでわからなかった。というより、彼は一輝の言葉を理解しようとする意思を持っていなかった。持つ余裕がなかった。 彼は、彼のいちばん大切なものを、その手の中から奪われたばかりだったから。 「ああ、そうだろうな! 貴様と瞬はそうかもしれん。だが、そんなことが俺にどう関係あるというんだ……!」 「神が許すと思うか? 人が神よりも人を愛する可能性を? だから、それは禁じられてきた。どの宗教でも、どの神話でも、神は多くは近親婚から生まれているのに、だが、どの宗教も、人に対してはそれを禁じ……」 「だから、それが俺と瞬にどう関係があるというんだっ!!」 瞬の兄の分別くさい物言いに、それ以上の我慢ができなくなって、氷河は一輝を怒鳴りつけた。 彼が今知りたいことは、そんなことではなかったのだ。 だが、一輝は、まるで動じる様子を見せない。 瞬の兄の口調は、もう瞬の兄でいることを諦めたかのように感情を伴っていなかった。 「つまり、神はそれを怖れたということだ。貴様や俺や、俺たち以外の誰かが、神よりも深く瞬を愛する可能性を」 「もう、愛している!! 瞬を俺から奪っていった神なんかよりずっと!」 「…………」 一輝の目には、自分が、己れの思い通りにならない世界に癇癪を起こして大人に食ってかかる幼児に見えているのだろう――そう感じながらも、氷河は、自分の苛立ちを制御することができなかった。 一輝や神々には幼児としか映らない存在にも、理不尽を理不尽と判じる力は備わっているのだ――と。 「――その身体にも心にも触れられぬところに閉じ込められた瞬を、どれほど俺たちが愛そうと、それは無為な行為だ……」 一輝自身がそう思っているのではない。 それくらいのことは、激昂に支配されている今の氷河にもわかった。 だが、一輝がそう思っていることがわかるからこそ、氷河は、一輝の落ち着いた態度にますます腹立ちを覚えるのだ。 それは、無為ではない。 少なくとも、それは、氷河の中に神々への憎しみを生んだ。 |