『すべては無理だよ。人の愛って無限なの。氷河がすべてを僕にくれたとしても、氷河の愛は無限に生まれ出て……』
『そして、その力が、いつかは僕をここから解放してくれる』


「それができるのか」
『うん』
「その時が来たら、俺はまた、おまえをこの手に抱けるんだな?」

『…………』

瞬の返事がないことに、氷河は不安を覚えた。
それは叶わぬ夢なのだろうか。

「……瞬?」
しかし、瞬の沈黙は、全く別の意味を含んでいたのである。


『氷河、目を閉じて。僕の棺に手を触れて』
『そして、氷河の小宇宙を――ううん、心を――僕に向けて』

瞬のやわらかい声音に、氷河は従った。
途端に、氷河と瞬の間に一本の道が通ったかように、瞬の小宇宙が氷河の中に流れ込んでくる。
その二つのものは、そして、すぐ一つに溶け合った。

瞬の小宇宙がまとわりつくように、氷河の身体と心とを包み込む。


『氷河。僕がいつも、氷河の腕の中でどんなふうだったか思い出して』

「……おまえは、細くて、頼りなげで、だが、強くて激しい……」

『そう。氷河が僕をそんなふうに変えたの。僕は、氷河に抱きしめられるたび貪欲になっていって、氷河にキスされるたび身体が震えて、氷河が……ああ……』

瞬の熱を帯びた声。
これまで二人で重ねてきた夜ごとに、氷河の身体を熱くした声。

その声を聞くたび、幾度願ったことだろう。

庇護と嗜虐を同時に誘う瞬の細い身体。
誰にでも分け隔てなく向けられるその暖かく優しい心。
そのどちらをも、今この時だけでなく、永遠に――自分だけのものにしたい――と。


瞬の身体と心が今どういう状態なのか、氷河には手に取るようにわかっていた。

氷河の唇に、指に、腕に、脚に、熱に、力に、瞬の全身は可哀想なほど翻弄されている。

氷河は、瞬の喉に触れ、指先に触れ、腿に触れ、そして――。
瞬のすべては自分だけのものだと思うことのできる至福がそこにはある。

唇で、舌で、指で、瞬を愛撫し、そして――。
自分のすべてが瞬のためにあると信じることのできる歓びが、ここにはあるのだ。


瞬の喘ぎ声が聞こえる。
その涙の暖かさ。
身体よりなまめかしく、氷河の身体と心にまとわりつく瞬の小宇宙。

氷河の意思は瞬に絡めとられ、
意識は朦朧としてくるのに、
それにつれて明確になってくる瞬の存在感。



瞬の唇が氷河の唇を貪る。

瞬の腕が氷河の腰に絡みつく。

瞬の指が氷河自身を弄び、

瞬の舌が、

瞬の声が、

瞬の脚が、

瞬の頬が、

瞬の髪が、

瞬の瞳が、

瞬の意思が、

瞬の小宇宙が、

瞬の心が、



氷河を神のように支配する。





『氷河、いや、そんなこと』

瞬のすべては氷河のものなのに、瞬はいつも自分を隠したがった。
それを無理やりこじ開ける。

恥じらう瞬を、ためらう瞬を、口付けで説得し、
羞恥もためらいも取り払わせ、
自分のものにする。


自分を支配する神に涙を流させる自分は何者なのか。

その神を貫き、傷付け、それでも『愛している』と叫ばせる自分は。









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