さて、第4の宮は、巨蟹宮である。
対する黄金聖闘士は、キャンサーのデスマスク。

――実は、氷河が顔も憶えていない黄金聖闘士というのが、彼だった。
彼がどういう聖闘士なのかは瞬や紫龍から聞いてはいたが、氷河の価値観では、彼は、『わざわざ記憶領域を割く必要なし』――な聖闘士だったのだ。


それはともかく。
噂の蟹座の黄金聖闘士デスマスクは、氷河の勘に障る高笑いを辺りに響かせて登場した。

氷河が、不愉快な男の登場に顔をしかめるのを、彼は、この宮の不気味さに驚愕しているものと勘違いしたらしい。高笑いの上に更なる高笑いを重ねてから、彼は氷河に尋ねてきた。

「よく来たな、キグナス。さあ、貴様の美味い手料理とやらを作ってもらおうか。何を作る気だ?」

氷河は、嫌いなタイプは徹底して嫌う男である。
『この男は気に入らない』と認識した途端、氷河の目つきはひどく陰険になった。

「デスマスク。この宮の見物は、あの世への通り道・積尸気と黄泉比良坂だと聞いた。どうせなら、そこで勝負しないか」
「よかろう。言っておくが、俺は、貴様が青銅の小僧っ子だからと言って手加減はしないからな。積尸気で貴様が敗れたら、貴様は二度とこの世には戻れないものと覚悟しろ」
「わかっている」

『その青銅の小僧っ子に一度は負けたのはどこのどいつだ』とか、『この世に戻れなくなるのはどっちかな』等々、皮肉やら何やら言いたいことはたくさんあったのだが、氷河はそれを我慢した。とにかく、彼は、この気分の悪い男との勝負をさっさと終えてしまいたかったのだ。


筆者は――実に申し訳ないが――あの世への通り道・積尸気というのが、どういう場所だったかについて、ほとんど記憶がない。なので、読者諸嬢の記憶力にすがるのみである。

ともかく、デスマスクの積尸気冥界波によって、その不気味な場所に着くと、氷河は隠し持っていたザクロの実を、二つに割り(故にこれは既に手料理である)、冥界の説明と高笑いに夢中なデスマスクの口に投げつけた。

そして、種ごとザクロの果肉を飲み込んでしまったデスマスクに、冷淡極まりない口調で告げる。
「イザナギのミコトは、亡き妻イザナミを求めて黄泉国に下ったが、イザナミは既に冥界の食べ物を食べてしまっていたために、現世に帰ることができなかったそうだ。今の貴様と同じようにな」
「ちょ…ちょっと、待て! キグナス!」

デスマスクは一度食道の奥に流し込んだザクロの種をぷぷぷぷぷっ☆と吐き出しながら、デスマスクの死を決定した冥王のごとき態度の氷河に食い下がった。


――“死”というものは、“規則”なのである。
その規則に背くことは、その規則を制定した者すら不可能であるような。 当然である。
“死”が規則で定められていなかったら、現世は死者で満ち溢れることになってしまうのだから。

今、氷河が口にした“規則”をこの場の“規則”として適用されてしまったら、デスマスクの死は真実のものとなってしまう。
デスマスクの反論は必死にして必至だった。

「待て、キグナス! 冥界の食べ物がざくろだというのは、ギリシャ神話の話だろう。日本神話では――古事記では黄泉の国と食物としか記述がな……」


氷河は、嫌いな男の言葉に耳を傾ける気は全くない。
氷河は、冷酷無情に、その場の“規則”を決定した。


「死んだ男に味覚はあるまい。実に残念だ、俺の料理の腕前を見せてやれんとは」







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